自分のすぐ目の前にある箸置きに置かれたお箸を見やる。
食卓に並んでいるのは、和食だった。
反射的に伸ばした右手を、急いで引っ込める。

忘れていたけれど、彼は、この体は左利き。
そしてあたしは右利きだ。

入れ替わった際に右手を使おうとして何度か失敗したことがあるけど、“あたしの感覚”で彼の右手は使えない。
やはりあくまで体は、彼なのだ。

だけど彼の体の感覚に任せて左手を使うのも、“あたしの感覚”では上手くいかなかった。
あたしはあくまで、あたしなのだから。

とりあえず左手でお箸を持ってみる。
持つだけならば、なんとかなった。
だけど上手く持てない子供みたいな不恰好な持ち方だった。
こんなのどう見てもおかしい。

これじゃあ持てても、使えない。
魚の骨を分けるどころか、豆ひとつ捕まえられない。

ここ数年に一度ってくらいの冷や汗が滲む。
緊張も相俟って、食事が始まって数分経つのに体が動かなかった。

やっぱり赤の他人になりすますなんて、ムリだったんだ…!

「陽太」
「は、はいっ」

すぐ隣りからいきなり呼ばれて、思わず持っていたお箸をカシャンを取り零す。
今返事を返した自分を褒めたいくらいだ。
その名前で呼ばれたことに反応した自分を。

あたしのその挙動不審な様子に、目の前に居たお母さんの視線もまっすぐ自分に注がれていた。

気まずくて思わず俯く。
右手の手首がじくりと痛んだ。