風をきって自転車を走らせる。

そういえば自転車で学校に行く順路を、ぼくは知らない。
だけど迷いなくペダルを漕いだ。
風が後押ししてくれるままに。

――日向兄さん。
この世界に“日向”を縛り付けていたのは、きっとぼく達だ。
あの部屋にも、家にも、学校にも。
日向兄さんはまだ居るんだ、て。
そう信じ込ませないと、壊れてしまいそうだったから。

でも、もう、いいんだ。
日向兄さんがいなくても、ひとりでも。
ぼくにもできることが、あったから。
ぼくを助けてくれる人が、すぐ近くに居てくれたから。

そうして生かされてきたこの世界で、大切な人に出会えたから。

自分から部屋から出た。
あんなにイヤだった学校にも行った。
一度は逃げた道を引き返したりもした。

自分ひとりでは行けなかった場所に、行けるようにもなったんだ。
自転車にも乗れた。
ごはんも自分から食べれるようになった。
右手首の傷は、あれから増えてないよ。本当だよ。

他人の気持ちを、考えるようになった。
今更ながらに、守られていることを知った。

…それから。
大事なひとが、できたよ。

ちっぽけだけどぼくの手で、ちゃんとぼくの、この手で。

守りたいひとができたよ、兄さん。