彼の冷たい手の平におにぎりをふたつ置く。
ただの具なしの塩むすび。
あたしの手で握ったおにぎりは、ふたつでちょうど彼の手の中にぴったり収まった。

「…あったかいね…」
「握りたてだから」

「ふふ、そっちじゃないけど…でも、うん…ありがとう」

やっと少し笑った彼に、あたしも少しだけ笑う。
相変わらず彼は俯いたまま。
だけどあたしの渡したおにぎりを大事そうに抱え、朝日の中少しだけ熱を取り戻したようだった。

「駅までの道、わかる?」
「あ、うん、大丈夫だと思う…最悪わからなくても、携帯のアプリあるし」

「本当あなた携帯がなくなったら死んじゃいそうね」

皮肉のつもりで言った言葉に、彼は可笑しそうに笑った。
年相応の、無邪気な笑みだった。


「そんな簡単には、死なないよ」


──昨日階段から転げ落ちたせいで、体のあちこちが痛かった。
彼の体もやっぱり同じく、痛かった。

だけど一番痛かったのは、右手のリストバンドの下。
その痛みが何なのかを、確認するまでもなく理解できた。

でもそれは彼だけが知る痛みだ。



そうしてあたし達は朝日の中別れを告げ、ようやく互いの日常へと帰っていった。