「……あ?」

布越しにでも伝わる桜塚の怒気を孕んだ声。
一切の音が止む。
やかんの蒸気の音さえも。
とうとう中の水がなくなっただけかもしれない。

月子ちゃんは、歩みを進めた。
ぼくは事態をまったく呑み込めず、されるがまま。
ガタン、とひどく遠くで音が鳴る。
おそらく椅子から立ち上がる音。

「なんだ、お前――」

桜塚が敵意を滲ませる。
まだ“ぼく”だって気付いてないんだ。

月子ちゃんがどこに向かっているのか。
その答えが次に聞こえてきた音でようやく分かった。

ガラガラガラ――

聞こえてきたのは、保健室のドアを開く音。
それから足元にひやりとした冷気を感じた。

ゆっくりと下ろされたそこは、廊下だった。
月子ちゃんの、もといぼくの体はまだ、保健室の内側だ。

頭からかぶっていたシーツが足元に広がる。
やっと、月子ちゃんの顔が見えた。

「すぐに堀越恭子たちも戻ってくる。はやく学校から出るの、いい? 寝て起きたら、ちょっと体は痛いかもしれないけど、ちゃんと全部、終わってるから――」
「な、に言って…」

そう言って月子ちゃんは保健室のドアをゆっくりと閉め、ガチャン、と鍵を閉めた。

月子ちゃんは笑っていた。