「で、でも、これなら、逃げるしか、ないよね…っ! だってぼく、痛いのヤだし、殴られたら月子ちゃんみたいに、耐えられないもん…!」
「…まぁ、あなたなら、そうでしょうね」
「ぼくなんて軟弱だし、ひ弱だし、桜塚達には手も足も出ないし…っ もう、いっしょに、逃げようよ…!」
必死に訴えるぼくを置いて、月子ちゃんはゆっくりと笑った。
そう見えただけで、実際は違うのかもしれない。
月子ちゃんが笑う顔なんて数えるほどしか見たことないから自信は無い。それに今はぼくの顔で。
だけどそれはもう確認できない。
月子ちゃんがぼくを抱き締めていた。
ぼくはその予想外の反応にびっくりして、息を呑む。
熱いのは月子ちゃんの体に熱が篭っているからだ。
思考が上手く、働かない。体も固まる。
「つ、月子ちゃん…?」
「……せめて…」
ぼくは自分の体に抱き締められているのに、なぜかドギマギしながら月子ちゃんの様子を伺う。
わずかに覗くその表情。全部は見えない。
月子ちゃんは、笑っていない。
泣いてもいない。
まるで欠けていくように、みるみる表情を失っていく。
無表情という表情すら、なくなっていくように見えた。
不自然に笑った形の口元が、言葉を紡ぐ。
「男に、生まれたかった」
保健室のドアが大きな音をたてて開いた。