再び廊下の向こうから、複数の足音が近づいてくる。
さっきより大きい気がするそれは、男子生徒のものだろう。
引きずるような、重たい足音。
遠巻きながら聞こえてくる声は、女生徒のものとは明らかに違う。

桜塚達だ。

それは今までぼくが描いた中での、最悪の瞬間。
体が、心臓が、手が足が、震えだす。
もはや条件反射に近いそれは、本能的に植えつけられた恐怖。

「…あなたはここに隠れてて。じっとしてるのよ、いい…? あたしが出て行ったあと、しばらくしてから、ちゃんと誰も居なくなったことを確認して、すぐに学校から出るのよ」

月子ちゃんがまるで子供を諭すような声音でぼくに言う。
月子ちゃんが今何を考えてるのかぼくには容易に想像できた。
だからぼくはふるふると首を振った。

ぎゅう、と。
きつく強くその小さな体を抱き締めた。

「あたしなら、だいじょうぶ。痛くないから、傷つかないから、平気よ」

──うそつき。
今まで、月子ちゃんの言うことはすべて正しく思えてた。
凛と生きる彼女だからこそ、月子ちゃんの放つ言葉はまっすぐ揺らぎなく、強かった。

だけど今はちがう。
月子ちゃんの言葉に、ぼくはもう簡単に退いたりしない。
推し進めることも、できなかったとしても。

「傷つかずに済むのなら、あなたまで傷つく必要なんて、ないのよ」

やっぱり、うそつきだ。

月子ちゃんはぼくの分まで、傷つこうとしてるくせに。