教室の席が少しずつ埋まる。
それにあわせてちらちらと、視線が集まってくるのがわかる。
好奇の目。やっかみの目。不安の目。
当たり前だ。だってこんなの、いつもと違う。
日常の中の変化が、ひとは一番こわい。それはあたしも同じだった。
どくどくと、心臓が鳴る。
「山田さ…」
「お願い、だから…ひとりに、して」
言葉が上手く出てこない。こんなこと、初めてで。
マスクのせいで余計に声がくぐもる。
星野さんは、少し泣きそうな顔をしていた。それは、あたしの所為なのだろうか。
「…紗雪、山田さんもそう言ってるんだから…」
ふと彼女のすぐ後ろから、男子生徒が現れ星野さんの手を取った。確かこの人もクラスメイトだ。名前はすぐには、思い出せないけれど。
あたしは僅かにほっとして、浮いていた腰をそのまま下ろす。それから文庫本に向き直った。はやくひとりの日常へと戻らなければと、必死だった。
彼女は…星野さんはまだ、あたしを見ていた。
あたしはもう目を合わせる気はなかった。
「…紗雪」
「…手、おだいじにね…あの、風邪も…」
星野さんは最後にそう残して、ようやくあたしの目の前から居なくなった。連れ去られるみたいに、腕をひかれながら。
痛いわけじゃないのに、寒いわけじゃないのに、手が震えて。
文庫本が上手く持てなかった。