「あら、…寝ちゃった?」
「あ、はい、そうみたいで…」
今度は体ごと振り返りながら視線を彼に向ける。
改めて顔色や様子を見ると、さっきまでよりは良くなっていることが見てとれた。
少し、安心した。
それを見ていたお兄さんが口を開く。
「…どうする? 注射は」
「そうね、せっかく寝てるなら、寝かしておいてあげましょうか」
今すぐぶっ射しても良いんじゃないかしらとは思ったけど、流石に口にはしない。
とりあえずあたしの役目は終わった。
ただ風邪にうなされただけだけど。
なんにせよ早々に退散したい。今すぐに。
そして帰って寝たかった。
切り出すタイミングを計っていると、お母さんが今度はあたしに顔を向ける。
思わずぎくりと体が強張る。
なぜだろう、うしろめたいのは。
「そうだ、じゃあ、えーと…お名前なんだったかしら…?」
「…や、山田、です…」
愛想笑いすらできないあたしは、答えるだけで精一杯だった。
我ながらかわいくないなと思う。
人様の家の家族となんか、会話したことない。
どう接していいか分からない。
帰りたい。
「山田さん、デザート食べていって、ぜひ」
……よそのお家になんか、上がったことないから。
こういう時のスムーズな断り方なんて、知るはずもなくて。