「おっ、まえ…!」

ぽつりと月子ちゃんの口から零れた名前にひかれるように、男の子は大股でぐんぐん近づいてくる。
月子ちゃん目がけて。

「どうかしたの、そんなに慌てて…今日バイトじゃ」
「おまえこそどこ行ってたんだよ!」

彼がすごい剣幕で月子ちゃんに向かって叫んだ。
ぼくも月子ちゃんもびくりと体を震わせる。

それからつかつかとその距離を一瞬にして縮め、月子ちゃんの手を掴む。
月子ちゃんが珍しく動揺しているのがぼくでもわかった。

朔夜、くん。
確か月子ちゃんのひとつ下の弟。定時制高校に通っていて、バイトをたくさんしてるって。

朔夜くんの剣幕に、月子ちゃん自身も驚いているようだった。

「え、どこ、って、ちょっと買い物に…」

月子ちゃんが言いながら、ちらりとぼくと目を合わせる。
そこでぼくはようやく気がついた。

そうだ、しまった。
月子ちゃんはお腹が痛いことになっていて、部屋で寝ていることになっている。

本物の月子ちゃんが心配でぼくが勝手に抜け出してきたけれど、勿論他の家族の人はそんな事情知らないわけで。

つまり月子ちゃんは今、家に居るはずなのだ。