あの夏を生きた君へ






「…どうして守れなかったの?」


「…僕が死んでしまったから。」




何も言えなかった。

分かっていたはずのことなのに。
何も言えなかった。




「明子に見せてやりたいんだ。今度こそ…守りたいんだ。」


「…探してるの?宝物を。」


彼は黙って頷く。

「でも、無理かもしれないな。」


「…え?」


「どこに埋めたのか、肝心なことを覚えてないんだ。
それに…。」


「それに?」


「僕はこの世の物を触れない。」


そう言った彼の手は真っすぐあたしに伸びてくる。

思わず身構えた。


だけど、その手はあたしに触れることなく、まるで空気を掴むみたいにあたしの身体を通り抜けた。



「…本当に、幽霊なんだ。」



ってことは、タイムカプセルを見つけたところで触ることも出来ないんだ…。









「ちづ。僕は夜の間しかいられない。陽が昇れば、ちづにも見えなくなる。」


「…なに、それ?」


「朝、ちづが目覚めた時、僕はずっと近くにいたんだよ。」


廊下にも、病室にもいなかった。


あたしが…見えなくなっただけなのか…。



物に触れなくて、夜の間しか姿が見えない。

幽霊の世界も色々大変なんだ。






……彼はずっとずっと昔にばあちゃんとした約束を果たしにきた。

自分が死んじゃったせいで守れなかったから。


タイムカプセルを見つけて、ばあちゃんに見せたいんだ…。





ばあちゃんは…ばあちゃんは……。




あたしは、月に照らされたばあちゃんの顔をそっと見つめた。




ばあちゃんは、この人に恋をしていた。


ばあちゃんは、この人をずっと忘れなかった。

ばあちゃんにとって、すごく大切な人なんだ。


ばあちゃんは、今でも二人で撮った写真を大事にしてた。








ばあちゃんは…多分きっと……死んでしまう。

















「…ねぇ。」




深くなんて考えてない。

ただ、彼に同情しただけなのかもしれない。




でも。
大好きなばあちゃんに、あたしも見せてあげたいと思った。
タイムカプセルに詰め込んだ宝物を。



いつでも会える、なんて何の確証もないから。


最後、かもしれないから。





あたしはまだ、ばあちゃんに何のお礼も恩返しもしてない。



「お願いがある。」


ばあちゃんの言うとおりだ、
この人は綺麗な瞳をしてる。






「宝物、あたしも探させて。」
























【真夜中の捜索】

















ばあちゃんの家から持ち出してきたシャベルと、自宅から持ってきた懐中電灯を手に、あたしは真夜中の山でひたすら穴を掘っている。



タイムカプセル捜索一日目、
こんなにキツい肉体労働だなんて思わなかった。





「本当にここなの?」


汗を拭いながら尋ねる。

彼は難しい顔をしながら「多分な」と答えた。


「多分って…。」


彼の記憶だけが頼りなのに。

本当に、ばあちゃんも、この人も肝心なことを覚えてないんだから。







「大体、何で中学校の裏山なんかに埋めるわけ?」


「この山で、よく明子と遊んだんだ。僕の妹も一緒に。」


妹がいたのか。

それより…そんなことより……ドン引きだ。


「よく、こんな場所で遊べるね…。」



だって、この山はワケありなんだから。










山の近くには渓谷があり、高所恐怖症の人なら卒倒するだろうと思われる高さの橋が架かっている。


橋を渡ると、この可愛らしい大きさの山へ続く遊歩道がある。


夏には涼しさを求めて、秋には紅葉の美しさを楽しみにやって来る観光客もけっこういるけど、
地元の人間なら、まず近づくことはない。




その理由は二つある。


一つは、橋が自殺の名所として超メジャーだから。
心霊スポットとしても、この辺りじゃ有名。




そして、もう一つの理由は……。





「この先はどうなってるんだ?」


「展望台があるだけ。遊歩道も、そこで終わり。」


「…可笑しいな。」






良く整備された遊歩道でも、片手にシャベル、片手に懐中電灯。


さらに、重いリュックサックを背負ってるから超しんどい。


リュックサックには、いざというとき必要になりそうな物を思いつく限り詰め込んできた。

果物ナイフとか、ライターとか、救急セットとか。

備えあればナントカだ。


でも……重い。




怠けた夏休みを過ごしていたあたしには、もはや拷問の域。

そのくらいキツい。


ついでにお腹すいた…。










「何が可笑しいの?」


「神社があったはずなんだ。」


「…………。」


「明子と妹と、そこで遊んでた。もしかしたら、あの神社に埋めたのかもしれない。」


「…………。」


「ちづ?」



よりにもよって…。



展望台が見えてきたところで、あたしは立ち止まる。

彼は不思議そうに、あたしを見つめる。



「…今日はもう帰らない?」


「まだ夜明けまでは時間が…。」


「疲れたし!お腹すいたし!また明日にしようよ!ねっ!ねっ!!」


必死に頼み込むあたしを見て、彼は少し驚いている。



「ちづがそうしたいなら…。」

彼がそう言いかけた時、背後で「ガサッ!」という異様な音がした。


あたしの心臓は飛び上がる。











「ちづ?」


彼が心配そうにあたしを見る。

でも無理だ。
いま話す余裕なんてない。


身体が全部心臓になってしまったような大きな鼓動、額には冷や汗。




ガサッ!ササササッ!!




恐怖に侵されていく、あたし。


だから嫌だったんだ、こんなとこ来るの!


身を固くして、震える手で懐中電灯を向けた。



光が照らすのは、ジャングルのように生え散らかした草。
空に向かって高々と伸びる木々。



そして次の瞬間、草が「ザザザッ!」と鳴ったかと思えば、姿を見せたのは泥だらけの三毛猫だった。

猫は「ニャー!」と鳴いて、素早く草むらの中へ消えていく。



あたしは緊張から解放されたのと安堵で、その場に座り込んでしまう。



「猫…かよ…。」


あたしの様子にきょとんとしていた彼と視線がぶつかる。

あたしは急に恥ずかしくなった。
同時によく分からないけど腹が立つ。


「悪い!?」


「え?」


「ムカつく!何でこんな山!?何で神社!?よりにもよって…!空気読めよっ!!」


激しくキレるあたしと、
訳が分からないといった表情の彼。













この山に地元の人間が近づかない、もう一つの理由。

それは、古い言い伝えが関係している。




彼の言う神社、それは確かにある。


展望台から先、何の整備もされていない不気味な細い道の先にひっそりと佇む神社。


そこは大昔、お城だったという。

城には姫がいたというが、その姫が不審な死を遂げているという話がある。



神社の裏は草木が生い茂るばかりで、まるで樹海ようになっている。

そこに足を踏み入れたら最後。

神隠しに遭うという話まであるのだ。


最近でも、白骨化した死体が発見されたとか、首を吊った女の死体があった…なんて噂も。



それらは全て『姫の呪い』と言われていて、誰も寄りつかないのだ。






「…だから、そんなとこに埋めるなんてどうかしてるって言ってんの!しかも神社って……。」


座り込んだまま青ざめてるあたし。


けれど、なぜか彼は腹を抱えて笑いだす。