あの夏を生きた君へ






「僕も…もう…。」


「嘘でしょ!?ねぇヤダ!待ってよっ!!」




あたし、まだタイムカプセル見つけてないじゃん!

まだ、まだ何も出来てないよ!!



待ってよ、待って、まだ行かないでっ!!







「ちづ…ありがとう――…。」



そう呟いて幸生が微笑む。




涙が零れた。

雫は、幸生の身体を通り抜けて地面に落下していく。


「やめ…あ、ありがとうなんて言わないでよ!そんな最後みたいな…ヤダッ!!」






触れたくて、触れたくて、それでも触れられないあたしの手は空中を切る。






幸生が消えていく。


見えなくなってしまう。




抱きしめることも出来ないまま。










「待って!待って!!タイムカプセルはっ!?宝物ッ…約束したんでしょっ!?諦めんな!バカ!!」



泣きながら叫んだ声は夜空に吸い込まれていく。



すると、幸生の口が微かに動いた。




「…何…何!?ねぇ何て言ったの!?幸生!」






その瞬間、音もなく幸生の身体が弾けた。




幸生の身体は細かい粒子となり、散っていく。


それは、星の輝きに似ていた。




「幸生……やぁ…あ…。」


こんな急に……こんな…。




あたし、何も……。


何も言えなかった。


何も出来なかった。





もう、会えない。





そう思った途端、あたしが溢れた。




「幸生―――っ!!!」
















踞り泣き崩れて、
幸生が倒れた場所に触れるけど何の温度もなかった。



温かさも、冷たさもない。

何もない。








いや、違う。




違う、違う。






あの、焦げ臭い匂い。


残ってる。




残ってる。

残ってる。










幸生が確かにここにいた、

証だった。


























【夏に降る雪】
















幸生がいた場所を眺めたまま呆然としていた。


力なく座り込んだあたしの頬を絶え間なく涙が伝う。




タイムカプセルは見つからない。

間に合わない。


幸生は消えてしまった。


あたしは、「ありがとう」も「さよなら」も言えなかった。



もう…何だ、これ…。


キツいよ…キツい……。






「ちづ…。」


あたしの後ろにいた悠は、
何をするでもなく、ただそこに立っている。




「もう…無理だ…。」


「え?」


「ばあちゃんが…死んじゃうよ…。」


「…………。」


「あたし…見つけられなかった…。約束…叶えてあげられなかった。」



最悪だ。最低だ。


泣きながら、幸生を思った。

ばあちゃんを思った。






あたしは…無力だ。

















「…諦めんのかよ。」


「…だって…もう…。」


「諦めんなって言ったちづが諦めんのかよ!」



じゃあ…どうしろっていうの……。





「俺には何が起こってんのかさっぱり分かんねぇよ!
分かんねぇけど中途半端なまま諦めんなよ。」


「…悠…。」


「最後の最後までどうなるかなんて分かんねぇだろ!
ちづ、もう逃げるな。こんなとこで逃げるな。自分の足で立て!」




いつだったか、幸生も同じことを言ったのを思い出す。




自分の足で立て、と。







あたしは涙を拭う。



逃げちゃダメだ。

もう逃げちゃダメだ。




自分の足で立ち上がり、あたしは顔を上げた。














「雪が降ってる。」


「え?」


「“雪が降ってる”ってどういう意味だろう。」




幸生が消えてしまう寸前に、最後に残した言葉。


「雪が降ってる」、とあの時幸生は確かに言った。




「タイムカプセルを埋めた場所に関係があるのかもしれない。」



それを聞いて、悠は考えながら口を開く。


「でも、雪って言ったって今は夏だろ。」






雪が降ってる…。




確かに今は夏だ。


この季節に雪が降るなんて、普通は考えられない。




じゃあ、幸生は一体何を見てそんなことを…?








――――何を見て――…。













「ちづ、何か見落としてることがあるんじゃないか?
もう一度よく思い出してみろよ。」




あたしは、辺りをゆっくりと見回す。




見落としてること…。




雪が降ってる…。

夏は降らない。



あたしが見落としてること。

幸生が見たもの。





季節外れの――…。





その時、あたしは忘れていたものを思い出した。


神社に気を取られるばかりで忘れていた、
始まりはあの写真だったのに!



慌ててリュックサックを開けて、あたしは写真を探す。


「ちづ!何か分かったのか?」


「これ!この写真!!」



幸生とばあちゃんが一緒に撮った、たった一枚の写真。

あたしはそれを悠に見せる。


「悠!この木、何の木だか分かる!?」


幸生とばあちゃんの間で柔らかそうな花を咲かせている木。

「この花!雪が積もったみたいに咲くんだって!ねぇ!?分からない!?」




お願い…もう頼りは悠だけだ……お願い…。












写真をじっと見つめていた悠が口を開いた。



「これ…ハナミズキじゃないか?」


「…ハナミズキ?」


「多分。俺のばあちゃん家の庭に、同じ花が咲く木があったから。」




ハナミズキ…。




じゃあ、この場所…この木を探せば!


タイムカプセルが、見つかるかもしれない。




「…なぁ、ちづ。この写真、随分古い写真みたいだけど、いつの写真?」


悠が、写真を見つめたまま言った。




「撮ったのは戦時中って聞いたけど…それが?」



悠は何かを考えているようだった。



「どうかしたの?」


「いや…あのさ…。」




ゆっくりと、悠は話し始めた。