― 「………別に…。」





あの時、水沢が表情に浮かべた絶望………その顔を、俺は今でも忘れられない。





水沢に対する女子の陰湿なイジメを知っていたのは……たぶん俺だけだった。



知っていて、俺は何も出来なかった。
………何も、しなかった。




今の自分が、あの頃の自分に出会っていれば、確実にぶん殴っている事だろう。




冴えない中学生の俺に、勇気なんて欠片もなかった。




結局、俺は初恋の女の子を守る事も出来ずに逃げ出し、その後11年も引きずるような腐った奴なんだ。









なのに、水沢は中学の卒業式で、俺に言った。





― 「藤嶋くん……一緒に写真撮ってくれる?」





なぜ、水沢が俺なんかにそんな事を言ったのかは、今でも分からない。



俺と水沢が話したのは、
そのたった一度きりだった。







親の仕事の関係で引っ越しが決まっていた俺は、
中学の卒業式後すぐに、馴れ親しんだ町を出た。




潮の香り漂う、海辺の町。

俺は一度もその町を訪れる事はなく、
水沢詩織とも一度も会っていない。