最後のお別れの時、みんながルウコの棺に花を次々と入れていく中、ボクは2つ分の紙袋を持ってきた。


「それ・・・何?」


泣きすぎて目を真っ赤にしている明日香がボクに聞いてきた。


「ルウコとの約束だから」


ボクはそう言うと、紙袋から次々と青い封筒を取り出して棺の中へ入れていった。




ボクが書いた手紙。


高2のあの時、下駄箱に入っていた手紙から始まったボクらの歴史。




青い封筒は何通あるかわからない。


でも無言でボクはどんどん棺に入れていった。


弔問客も葬儀屋もそんなボクを唖然として見ていた。



「ソウ、手伝うか?」


幹太が言ってくれたけどボクは首を振った。


「父ちゃん・・・泣いてるの?」


ツナミがボクのスーツの裾を掴んだ。


封筒を棺に入れているボクの目からはボロボロと涙がこぼれていた。





ボクとルウコの約10年間の歴史。


ボクが書いた手紙と一緒に焼かれてしまってルウコは消えてしまう。



この間書いた最後の一通を棺の中央に静かに置くと、ボクを我慢が出来なくてしゃがみ込んで泣いてしまった。

ボクが書いた最後の手紙。



『高柳 流湖様


これが最後の手紙なんて思いたくない。


ボクとルウコの人生はまだまだ続くと信じていました。


今も心のどこかで信じています。


ボクとルウコ、そしてツナミの人生はまだまだ続く。


今はそう信じてていいですか?


高2のあの日、ボクの下駄箱に入っていた花柄の封筒。


差出人を見てイタズラかと思いました。


正直「気持ち悪い」なんて言ってしまったよ。


だって有り得なかったから。


柏木 流湖から手紙がくるなんてボクの中には全く有り得ない事だったから。


でも、現実にルウコがボクに手紙をくれてボクとルウコの歴史は始まりました。


高嶺の花の「柏木 流湖」は本当はちょっとワガママで子供っぽくて照れ屋な普通の女の子でした。


でも、時々大胆な行動をするのでビックリしたりドキドキしたり、ルウコの行動は正直読めなかった事が多いです。


そんなルウコとの付き合いの中、幹太、明日香、そしてミサと信用出来る友達が増え、ボクらは友達に恵まれている。


そう思った事ありませんか?

初めて2人で見た花火はフェスの花火で明け方の空に打ちあがる花火はキレイでした。


そして、ルウコと初めて泊まった洋館のようなペンション。


ボク達の初めてはルウコが大騒ぎして何だかロマンチックな女の子が望む展開とはちょっと違っていた気がします。


ルウコに初めてあげた指輪。


『You are the meaning that I live for』


『あなたは私の生きる意味です』


それは今でも変わりません。


ルウコが妊娠した時、ボクは正直焦りました。


子供が出来た事への喜びより、自分が父親としてやっていけるのか、それが不安でした。


でも産まれた繋美を抱き上げた瞬間、その喜びは例えようもありません。


ルウコ、繋美を産んでくれてありがとう。


ボク達の宝物をくれてありがとう。


その気持ちでいっぱいです。


ボクら家族は幸せです。繋美は女の子らしいって言葉にはちょっと縁がなさそうで、そこはボクに似たのかな?と反省もしていますが、素直で元気に育ってくれています。


それはルウコが愛情をいっぱい繋美に注いでくれているから。


繋美はこれからも元気で明るく育っていくと思います。


ルウコが懸念していた心臓病の遺伝もなく、安心したと思います。


だから・・・こんな事、本当は書きたくないけど、安心して。


大丈夫だから。ボクが繋美はしっかりと育てるから。

ルウコと出会えて恋をして結婚して、ボクは本当に幸せでした。


ボクにはルウコ以上の女性はいません。


これからも永遠にです。


だって、ルウコがボクの生きる意味だから。


ちょっと照れくさいし、よくあるセリフみたいだけど、


生まれ変わりが本当にあるとしたら、ボクはもう一度ルウコと出会いたい。


また下駄箱に手紙を入れて下さい。




高柳 蒼より』

ルウコの墓参りを終えるとツナミがボクに言った。


「父ちゃん、ほらいつもの!」


「あぁ、そうだったな」


「父ちゃん、ちゃんと忘れないで書いた?」


「書いたよ。ツナミこそ忘れたんじゃないだろうな」


ツナミは自分のバッグから「ジャーン!」と言いながら封筒を出した。


「何だそれ?」


幹太が不思議そうに言った。


「お手紙。毎月今日はママにお手紙を書く日なんだよ。父ちゃんとツナミの約束なんだ」


「へー、でも書いてそれどうするの?お墓に入れれないじゃない」


明日香も首を傾げた。


「ちゃんとママに届けてくれる郵便屋さんがいるんだもん」


「郵便屋?」


ミサも含めて3人の声が揃った。


「あぁ、あれね」


ルミは時々一緒に墓参りにきているから知っている。クスクス笑い出した。


ツナミはキョロキョロとあたりを見回してから『郵便屋さん』を見つけた。


「いたー!!おーい!!おじさーん!ツナミだよぉ」


叫びながら走って行く。


その先にいるのはこのお寺の住職だ。

住職はツナミを見ると笑顔で言った。


「ツナミちゃん。ママとお話できたかい?」


「うん!ママにね、幼稚園の発表会があるから見に来てねって言った」


ボクもツナミの後に続いて住職挨拶をした。


「毎月すいません」


ボクが頭を下げると住職は柔らかい笑顔で首を振った。


「いい供養になっていると思いますよ」


そして、


「じゃぁ、ツナミちゃん。おじさんがママにお手紙送るからお手紙もらえるかな?」


と続けた。


「はーい。お願いしまーす」


ツナミは笑顔で手紙を渡した。ボクも「お願いします」と自分が書いた手紙を渡す。




住職と一緒に境内へ行くと、住職は枯葉を既に集めていて火をつけた。


「どういう事?」


一緒についてきた明日香達がまだ不思議がっている。


住職はツナミの頭を撫でて言った。


「ママにお手紙送るね」


そう言って、ボクとツナミの手紙を火の中へ入れた。


手紙はパチパチと音を立ててたちまち燃え尽きた。

それはただの偶然だった。



ボクとツナミが毎月の命日・・・あれはルウコが亡くなって2回目の命日の日だったと思う。


2人で墓参りをしてからツナミがバッグから手紙を出した。


「父ちゃん、ママにお手紙あげたいんだけどどうすればママに届くの?」


ボクはその場で考え込んでしまった。


骨壷が入っている場所に置くってのもおかしい。




「うーん、どうすればいいかな」


ボクが腕組をして悩んでいると偶然見回りをしていたこの住職に声を掛けられた。


「どうかされましたか?」


ボクが言葉を発する前にツナミが住職に言った。


「おじさん、ツナミねママにお手紙あげたいんだけど、どうすればいいの?」


住職はちょっと考えてからツナミに言った。


「おじさんはね、天国の郵便屋さんなんだよ。おじさんが届けてあげるよ」


そう言って、境内で焚き火をして手紙を一緒に燃やしてくれた。


「手紙、燃えちゃった!!」


ツナミもボクもビックリしてしまった。


「本当はどんどん焼きなどの時がいいんですけどね、これも供養になりますよ」


ボクに説明してから、ツナミに笑顔を向けた。


「お嬢ちゃん、おじさんがママにお手紙を書いた時に郵便屋さんになるからいつでも言ってね。煙が出てるでしょ?この煙は天国に届く煙なんだよ。お嬢ちゃんが書いた手紙は煙になってママに届くんだよ」


それから毎月の命日の日。墓参りの後、ボクとツナミはルウコへ手紙を書くのが習慣になった。

家に帰って、夕飯を作ってツナミに食べさせるとボクはベランダでタバコを吸った。


ルウコがいなくなってしまってもベランダでタバコを吸う日課は抜けない。


コンコンとベランダをノックする音がした。


「ツナミどうしたんだ?」


ボクが聞くとツナミは言った。


「父ちゃん、ママからのお手紙読んで」


墓参りに行った日、これも習慣になってしまったけど、ルウコがあの時書いたツナミへの手紙を読んで聞かせる。



ソファにツナミと並んで座ってボクは黄色の封筒から便箋を取り出した。


「読んでいい?」


「うん」


ツナミは目をキラキラさせて頷いた。


ボクは便箋に目を向けて読み始めた。

「繋美へ


この手紙を書いた時、繋美はまだ4歳です。


ママの言葉の意味がわからないかもしれないけど、大人になった時にわかると思います。


それまで大事にこの手紙は取っておいて下さい。


悲しいけど、これは繋美へ初めて書く手紙でもあり、最後の手紙でもあります。


もっと繋美と一緒にいたかった。


成長したあなたを見ていたかった。


でも、ママの命はもうすぐ終わりを迎えようとしています。


繋美が初めてママの元へ現れた日。ママは神様に感謝しました。


あなたはママとお父さんの天使です。宝物です。


ママとお父さんの所へきてくれてありがとう。


あなたが産まれた時、嬉しくてママもお父さんも涙がいっぱい出ました。


これは「嬉し泣き」というものです。


それからのあなたの成長は楽しかった!


初めて寝返りをうった日、つかみ立ちをした日、よちよち歩いた日、言葉を喋った日。


初めての言葉は「ママ」でした。お父さんが悔しがっていたよ(笑)


風邪をひいて高熱を出した時、ママよりもお父さんの方が大騒ぎでした。


転んでケガをした時はママの方がビックリして泣きました。