「あの」


 今度は背後から躊躇いがちな女性の声が聞こえて灰を払い落としながら視線を向ける。そこにはさっきまで喪主の隣に座っていた女の人が突っ立っていた。鎖骨まである髪の毛はおろされたままで、喪服に、足元は黒のエナメルのピンヒール。

 私とさほど年は違わないだろうけれど、常識知らずにもほどがある。お通夜でこの女の人の隣に並んでいた喪主のおばさんはどう思ったんだろう。

「……なんですか?」
「彼の顔は、見れませんよ?」
「知ってます」

 彼は即死だった。つまりぐちゃぐちゃに潰されて、死に顔は見れないらしい。そんなことは行きの車の中で聞いていた。私が今見れるのは彼の嘘くさい笑顔だけ。

 ぐちゃぐちゃの顔でも見ることができたら、涙の一滴くらいは流れただろうか。

 彼女はコツコツと耳障りな音を鳴らしながら私の隣にやってきて、椅子に腰掛けずに立ったまま彼の遺影を眺めた。ふわりと香水の匂いが私に届いて思わず眉間に皺が寄った。

 手元は派手ではないけれどそれなりに飾られたネイル。女性らしさが全身から感じられる。流行りモノとか好きそうな女の人だ。多分キッシュとかランチに食べに行ったりするんだろう。あの吐瀉物を固めたようなやつ。格段おいしいわけでもないあれがなんであんなに流行っているのかは理解に苦しむけれど。

「あなたは……康ちゃんと、どのくらい、付き合っていたんですか?」

 思いもよらない言葉に、一瞬息が止まった。けれど静かに息を吸い込んでか「二年半です」とだけ答える。

 康ちゃん、と親しげに呼ばれる彼は、私の知っている彼とは別人のように感じた。遺影のように。



 私たちは二年半付き合った。出会いは安っぽいナンパだった。それでも私たちはとても仲良く一緒に過ごしていたと思う。一緒に飲み行って、一緒に煙草を吸って、一緒に笑った。

 週に二回は私の家で会っていた。彼の住むワンルームマンションに行ったこともに数回ある。ただ、隣の部屋に母親が住んでいるらしく、もっぱら私の家だった。友達が多い人で、フットサルやらなんやら土日は用事が多く、週末にゆっくり会うことは月に一回くらい。けれど、彼の友達や会社の人との飲み会に誘われ一緒に飲むことも多かった。

 だから、お通夜に来ていた人の半分ほどは一度は会ったことのある人達。とは言え、今日は挨拶もしなければ会釈すらしなかった。

「あなたは、泣かないんですか……?」
「私が泣けると思いますか?」

 今度の質問には被せるように瞬時に返した。
 私の言葉に彼女は少しだけ驚いた顔を私に向ける。じっと見つめる私の視線とぱちんとぶつかって、すぐに目を逸らした。

「そう、ですよね……」
「正直腸煮えくり返ってますよ。勝手に死んで、勝手なことばっかりして。何が一番腹立つって、もう、彼に文句をいうことも出来ないことです」

 カチンカチンと、彼のZIPPOを下手くそに鳴らしながら言葉を発した。