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 今にして思えば、なにに泣いていたのかわからない。

 痛みなのだろうか、それとも痛いと言っているのにやめてくれなかった涼太に対してだろうか。ただ、気持ち悪く、悲しかった。その時の私にはそれが受け入れがたく、泣きながら白い景色の中を帰ったのだけ覚えている。

 もう無理だと思った気持ちに嘘はなかった。こんな行為しなければよかったと何度も思った。ほんの数時間前まで愛を感じて幸せで包まれていたにも関わらず、直後は涼太に対して失望しかなかった。

 なのにどうして私はこうして、あの日を思い出すために、あの日に戻ることを望むかのように、この行為をしてしまうのだろう。

 ……いや、もうわかっている。今までつき合った人と冬がくるたびに別れを迎えてしまうのも。私が本当に望んでいるものが違うことを知ってしまうからだ。


 どうして私はこうなんだろう。誰と付き合っても……雪を見るたびに思いだして“ちがう”と感じて相手への感情が急激に冷めてしまう。


 あれから涼太ではない他人と行為をしても、考えてしまうのは『もしもあのときの行為が、せめてこのくらいの余裕と痛みと嫌悪感であったならば』ということばかり。そうであったら、私たちはどうなっていただろうか。

 自分の気持ちが、まだ、二年前の行為の前から何も変わっていないことを思い知らされる。それでも……気づかないフリをして、口に出さずに冬をやり過ごしたい。同じことを繰り返したくないから。繰り返すかもしれない自分と、繰り返すかもしれない相手。拭えないのは、痛み。


 けれど偽りなく、純粋にただ欲望を秘めて相手を求めた、あの日。



「三年前のシーツみたい」

 急に背後から聞こえた声に体が大げさに跳ねて、慌てて振り返った。

「……っな……」

 後ろには、私の落とした痕を覗き込む様に見つめる涼太の姿。戸惑う私をよそに、彼はそれを無言でしばらく見つめた後、視線をあげて私に苦笑を見せた。

 なんでいるの。どうしてそんなことを。いつからいたの。

 言いたい言葉はたくさんあるのに何一つとして私の喉を通らなかった。

「あの時のシーツみたい」

 同じ台詞を繰り替えす涼太。その台詞に、泣きたくなるのはなんでなんだろう。

「……馬鹿じゃないの?」

 私と、同じようなことを思うなんて。馬鹿だね、涼太。そんなことを思い出すなんて。嫌な思い出が頭をかすめるなんて。涼太にとってもいい思い出であるはずがないのに。

「去年、ここにいるお前を見かけた。それを見て思ったんだ。あの日みたいだと。忘れようと思ったのに忘れられなかったあの日のシーツみたいだなって」

 ゆっくりと言葉にする涼太から、目が逸らせない。私と同じように、冬になったら彼女と別れていたことを思い出すとじわじわと瞳に涙が浮かんだ。その涙を隠すことも出来ないで、ただ滲んでいく視界の中の涼太を見つめるしかできない。

「余裕がなくて、ただ傷つけただけだと思ってた。だけど、もしもお前がそれを見て、俺と同じように思ってくれてたらって、思ったんだ」

 白にあふれる中わずかににじむ赤が私たちをあの日に連れ戻す。

 幼かった。だけど正直だった。
 不器用ながらに愛を語ろうと思っていた。痛く苦しい思い出しかないくせに、愛おしく感じる想い。

 この日に戻って、やり直したいと思う願い。
 再び二人で抱き合いたいと願う欲望。そして、この日抱き合ったぬくもりを思い出して、欲情する。

 純粋な中にぽつりと滴り落ちた欲。

 それがどんなに忘れたくても、どんなに醜く、どんなに乱れたものであっても――……体が覚えて求めている。


「今度はもっと――……」


     了