扉を開けると、空気の籠もった気持ち悪いぬくもりを感じる。今すぐ外に飛び出したい気持ちを我慢して渋々席につくと、傍で友達とお弁当を食べていた由香里が私の方を見て驚きの顔を作った。
「あれ? 今日は早かったね」
「別れ話しただけだしね」
はーっと寒さによって力の入っていた上半身をだらしなく机の上に乗せてため息を零す。
「またぁ? 今回は二ヶ月だっけ? ほんっと真白は長続きしないよねぇ」
「そんなことないわよ。三ヶ月つき合ったし」
「大差ないじゃない、どーせまた振られたんでしょ? なんでそんなに振られるんだろうねー。なんか変な性癖でもあるわけ? 冬になったらいつも振られてるイメージ」
その言葉にぴくりと反応を示しつつ「さあ」とだけ返してふて寝して話を遮断した。
彼とつき合ったのは三ヶ月前。隣のクラスの彼に告白されて、なんとなくつき合った。彼に限らず、今までつき合った人はひとりを除いてみんなそんな感じだ。正確には、三人。
つき合う前はそんなに知らない人ばかりではあったけれど、嫌いだと思ったことは、ない。私のことを好きだと言ってくれていた気持ちを疑うことだってなかった。
だけど、いつも数ヶ月で同じ結末を迎えてしまう。そしてそれを望む自分もいる。その原因を、私はもう、わかっている。
「最近、雪多いよね」
窓の外を見つめながら呟くと、由香里が「そう? 毎年こんなもんじゃない?」と言いながら私の目の前の席に腰を下ろす。口をもぐもぐと動かしながら、私にスナック菓子を差しだした。
二月に入ってから特に雪の日が多い。三階の窓から見える、白い景色を見つめていると、真っ白いシーツを思い出す。真っ白の汚れのないシーツを。
あぁ、もう嫌だ。本当に嫌。いやいやいやいや。汚い気持ち悪い穢れてる。だけど、押さえられなくて苦しい。 心の中で痛みを抑えながらそう思うしかできない。
ぎゅっと手を握りしめて、自分の思考をかき消すかのように目を閉じた。白から黒になる世界。静かに何度か呼吸を繰り返し、白い思い出を頭から消し去ろうとする。目を開けば逃げられない白が目の間に広がることは、もう二年目にもなればわかりきっているのだけれど。
「真白、どうかしたのか?」
目を瞑る私に、涼太の声が響いて、びくりと体が跳ねた。
険しい顔はそのままに目を開き彼を見ると、少し赤みがかった茶色の髪の毛が目に入り、そして次に心配そうな顔をする涼太が映る。
記憶の中の涼太とちがう、二年後の涼太に、一瞬別人のような感覚を抱いた。初めて見るわけでもないのに、そう感じてしまうのは……思い出してしまったからだろう。
「……何でもないよ」
曖昧な笑顔を返しながら呟くと、彼は「カイロやるよ」と見当違いの優しさを私に見せて、返事を聞くこともなく手にあたたかなそれを握らせた。
ありがとう、そう言いたいのに口から出てこない。けれど、きっとそんなものは期待していなかったのだろう「そういや、今日暇?」と私と由香里の顔を交互に見ながら話を変えた。
「今日? 何かあるの?」
「雪だし寒いし暖まりに行こうって話になって、みんなでカラオケ大会」
「なにそれ〜くだらな」
由香里と涼太の話に口を出さずに耳だけを傾ける。
相変わらず、みんなでわいわい遊ぶのが好きなんだなあと思いながら。みんなのムードーメーカーらしい明るい笑顔で、今日のカラオケ大会の詳細を説明し始めた涼太の顔をぼんやりと眺める。
楽しそうに話す涼太を見ていれば、たかがカラオケでも特別楽しいイベントになることは目に見えている。この雰囲気だとクラスの三分の一は集まるだろう。
変わらない。二年経って見かけが多少変わったところで、中身は何も変わっていないのだと、彼のこういう部分を見ると感じてしまう。いっそ、変わってくれていた方が楽だったのに。