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だから、私は食べきれないほどのチョコレートを毎日買い続けた。行きつけのコンビニ店員に変な顔されたって、“チョコ中毒”なんて失礼なあだ名をつけられたって、めげずに通い詰めたのだ。
「だから、早く入ってよ」
「だ、か、ら、意味がわかんねーって」
浴槽を見つめたままの彼を肘でつつくと、困惑に怒りが混ざった顔をして抵抗を続ける。
人がせっかくお風呂入れたのに。昨晩、いや朝方か、先に寝たから何時帰宅したのかわからないが、布団を酒臭くするほど飲んで、昼過ぎまで気持ちよさそうに眠っていた和希のために、朝からせっせと準備したのに。
「意味はわかるでしょー? お、ふ、ろ、に、入って」
「……お風呂ってお前知ってるか? お湯なんだぞ?」
そんなこと私だって知ってますけど。
生まれてこのかたお風呂に入ったことのない女だとでも? なんて失礼な。一緒にお風呂に入ってセックスをしたことも忘れたのか。最低だな。
そう思いつつ、口にしないで彼の目を真っ直ぐに見つめる。
「お前の言うこのお風呂とやらは、なんでチョコレート色をしていて、なんで甘ったるいチョコレートの匂いがして、なんで俺はこれに浸からなきゃいけねーんだよ」
ドロドロに溶けた浴槽のチョコレートは、さっきよりも表面がうっすらと固まっていた。
ああ、せっかく必死に溶かしたっていうのに。この準備に何時間かかったと思っているのだろう。いや、そもそもこれだけのチョコレートを用意するのに、いくらかけたか。
「入らないの?」
「入るかこんなもん」
真面目な顔に怒りを含めて私を見つめる。
いつもだったらここでやりすぎたかな、と思ったりもしただろうけれど、全裸で大事なところを隠す事もなく突っ立っている姿は情けなさ過ぎて気を抜くと笑ってしまいそうだ。
とはいえ、いつまで抵抗し続けるのだろう。このまま入らないかったらどうしようか。やっぱりご飯食べている最中に頭から溶かしたチョコレートをぶっかけたほうがよかったかな。その方がチョコレートに費やしたお金も時間も、これほど莫大にはならなかったに違いない。
ああ、失敗した。その方が目的は確実に達成できたというのに。
せっかく用意したのになぁ、と諦めきれず大量のチョコを見つめていると、隣で和希が盛大なため息を落とす。視線をあげると、和希は呆れた顔をして頭を掻いていた。
……なにかを考えているのだろう。
和希の言葉を黙って待っていると「ほんと、意味がわかんねえ」と呟いてから浴槽に脚を突っ込んでいく。
ずぶずぶずぶ、と音を出して彼の体を沈めていくチョコレートは、私が言うのもなんだけれど、ひどく気持ち悪く見えた。
「これで満足?」
浴槽に腰を下ろして、皮肉を込めた笑みから溢れる彼の優しさに、ぐさり、とナイフが胸に刺さったかのように痛んだ。
私のことをきっとバカだと思っているだろう。なんでこんなことをしなきゃいけないのかと感じているだろう。なのに、嫌そうにしつつも私のために入ってくれた。
チョコレートに染まってゆく彼の体。
これを見たかったはずなのに、異様にしか感じない光景に涙が一気に溢れ出し、私の視界をぐにゃりと歪ませる。
「なにかいえよ、泣いてないで」
「……バカじゃないの……?」
「お前がバカだろ」
「……もっと味わってよ。頑張ったんだから」
「知るか」
涙が止まらない。だけどおかしくて、笑いも止まらない。
そんな私を気にすることなく、いつも通りに和希は私に接してくれる。
ぼろぼろと零れて止まらない涙に、胸が苦しくなってその場にしゃがみ込んだ。
こんなにも優しいのに私はどうして……。
でも彼もきっと同じことを思っている。それがわかっているから、余計に悲しい。
チョコレートで染まった彼の手が私の頬に触れた。涙を拭おうとしてくれたのだろうけれど、私の顔にチョコレートがついただけだったのか、彼が優しく、悲しそうに笑った。
「もう一度……好きに……なりたか……った……」
顔をぐしゃぐしゃにして、和希の顔をまっすぐに見つめながら呟く。彼は眉一つ動かさず、ただ小さく「うん」と返した。
「知ってた」
「……知ってるのも、知ってた」
「俺も……同じ気持ちだった」
「……知ってた」
だからこそ、もう一度好きになりたかった。