「本木?」
校門を出て地に足をつけて歩いていると、珍しく私を呼ぶ声にばっと顔を上げた。
私の隣のフェンスの向こう側から男の子がこちらを覗き込むように見てる。フェンスの向こう側から微かに塩素のにおいがする。
「何やってんの?夏休みに」
「別に」
声をかけてきたクラスメイトの深山。とはいえ話したのは多分今日が始めてだ。
そんな深山が私の名前を知っていたことに少し驚きつつ、余りにも明るい場所にいるカレを直視できずそう素っ気なく答えた。
「しけた顔してんなーお前は」
いつも友達に囲まれた深山に私の気持ちなんかわからない。
口にしかけて、言ったところで僻みだ—……そう思って口を閉じた。
「あ、そうだ。これ、お前のじゃねえ?」
無視して帰ろうかと思い顔を背けた瞬間に、深山がひらひらと私に一枚の紙を見せてくる。
「……それ……」
さっき、屋上で落ちて行ったプリントだ。
名前だけ律儀に記入してしまったのは失敗だったのかも知れない。
ひらひらとプリントを揺らして、深山はにかっと笑った。
「とりあえずこっち来いよ、今日水泳部休みだから俺一人で自主練してんだ。こんな機会めったにねえぞ?」
—―いいから返して。
そういえばよかったのに……。
ほんとだったら行かない。行くわけがない。今までろくに話したことがない深山と話すこともないし……そんなの面倒。
そんなことしたって私の日々は変わらないし、寧ろ惨めになるかも知れない。
だけど
「きもちいいぞ」
その声が本当に気持ちよさそうで。
この暑い中彼だけがキラキラ輝いているように見えて思わず、きっと熱さで意識が朦朧としていたんだろう、「うん」そう答えた。