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彼氏と別れ、一年ほど経った頃に、章と遭遇した。仕事が終わった夜九時くらいの金曜日、自宅の最寄駅から歩いているときだ。
「あれ?」
声をかけられる少し前から、私は彼の存在に気づいていた。気づいて、じっと見てしまっていたから、彼も気づいたんだと思う。まさか私のことを覚えているとは思わなかったけれど。
「久しぶり、お前変わってねえなあ」
「……そっちこそ」
まるで、学生時代友達だったかのように自然に話しかけられて驚いた。
私と章は、高校時代同じ学校に通っていた。とはいえ、同じクラスになったことはなく、章とはろくに会話をしたことがない。当然、卒業後は一度も会わなかったし、連絡先だって知らなかった。
大人になればこんなものか、と思いながら言葉を幾つか交わしていると「腹減ってねえ?」と、これまたフレンドリーに誘われた。まるで親しい友人のように。あまりに変貌している彼に対し何故か悔しく思って、私だって、というわけのわからない意地により「いいよ」と軽く返答した。
近場の居酒屋に入って、とりあえずのビールを向かい合って飲む。なにに乾杯したのかは覚えていない。会話は思ったよりも弾み、酒も進んだ。
「お前かわいくなったなー」
「……はい……?」
聞き間違いかと思って聞き返すと、「ぶはは!」と笑われた。酔っぱらいの戯言だと「はいはい」とそっけなく返すと、今度は意味ありげに微笑む。
目を細めると睫毛が強調される。初めて見かけたときから――多分それは高校入学してすぐの頃から――ずっと思っていた。目元がとても魅力的な人だと。ただそれだけで、恋愛感情を抱いていたわけではない。姿を見かけると思わず目で追っていたけれど、それは彼が目立つ人だったから。それに、彼の周りにはいつもおしゃれな男の子や女の子がいて、平々凡々の私からすれば、住む世界が違うような人だった。十年後、こんなふうにお酒を飲み交わすことになるなんて想像もできないような、遠い存在だった。
懐かしい思いが湧き上がり、思わずじっと見つめていると、彼が私の視線に気づいて笑顔をやめる。
「お前、今、彼氏いるの?」
「……いないけど」
「まじか。もう来年二十九だぞ。行き遅れんじゃねえの?」
大きなお世話だ。
「いねえなら、つき合う? 俺もちょうどいねえの」
……軽すぎる発言は、ふざけているとしか思えない。しかも彼は「話合うし、楽しいし」と取ってつけたような台詞まで吐いた。そして、私は何故か「いいよ」とさほど間を開けず答えていた。
あれから、私たちは彼氏と彼女として過ごしている。清く正しいお付き合いではあるけれど。