長い睫毛と、切れ長の瞳が特に印象的だった。それらは白い肌の中で特別な輝きを放っていた。

 私のなにもかもを奪うほどの衝撃が体中を襲った。

 『欲しい』と思った。手に入れたいと思った。なにもかもを。彼女の全てを。それほどまでに〝彼女〟は――美しかった。


  *


 自分がおかしいのかもしれないと自覚したのは一年前。二年付き合った彼氏に別れを告げられたときだった。一緒にいる時間は穏やかで楽しく、セックスだって気持ちよかったというのに、前触れ無く振られても大してショックを受けなかった。彼は、平然と『そっか』と受け入れる私を見て『やっぱり沙保は俺のことそんなに好きじゃなかったんだな』と苦笑していた。

 果たして私は彼のことを好きではなかったのだろうか?

 彼がいなくなった部屋でひとり考えてみた。好きだった、と思う。だから付き合っていた。今まで付き合った幾人かの彼氏のことも思い出してみたけれど、みんな同じように好きだったと思う。もしかすると、誰のことも好きではなかったのかもしれない。そもそも〝好き〟ってなんだろう。

 あの日から私はずっと考えている。

 バカバカしいことだというのはわかっている。漠然とした感情に明確な答えなんてあるはずもない。わかっているのに……。

 視界の隅に入ってきたドレッサーが私を手招きしているように感じて、腰をあげた。棚にはずらりと並んだ口紅に、黒やブラウンのマスカラ。その中から真っ黒のマスカラを手にして、ゆっくりと睫毛に塗る。鏡に映るものはもちろん私であり……〝彼女〟ではない。


 もう一度会いたくて、手に入れたくて、私だけのものにしたいと思う人が、ずっといる。鏡に映る自分のように、閉じ込めてしまいたい人。

 薄目でぼやかして、あの人とは似ても似つかない目の前の私の目元を、彼女に似せてみせる。それが偽物であることはわかっているけれど、微かに彼女と重なる自分に笑みが零れた。今度は赤い口紅を唇にのせて、冷たいガラスの中の、彼女の偽物の睫毛にそっとキスをする。

 偽物に口付けしながら、〝好き〟とはなんなのかをもう一度改めて考えた。思い浮かぶのは、やっぱり――高校時代に一度だけ会った女性。


 私は、あの人が、あの女性が、もしかすると女の人が好きなのかもしれない。