「なんとなく、誰かがオレと一緒で、振られて落ち込んで、この川の先で泣いてんのかなーって思うと、なんかちょっとだけ、心が軽くなって。さすがに水に浸かったケーキは食べられないから、家の庭に埋めた」
「なに、それ。捨てれば、いいのに」
「オレが、もらったと思って。そう思えばオレも、お菓子を作った女の子も、救われるような気がしたんだよ」
なにを、言っているのだろう。
もらったって、ドロドロになったもので、食べれもしないただのゴミだっていうのに。
「そまさか一年後も同じようにお菓子が川から流れてくるとは思わなかった。えーっと、なんだっけ? マーブル模様の、なんか。しかも三回も」
思い出したように彼はクスクスと笑い出した。それを見ていると、恥ずかしい気持ちになる。自分のそんな行為がそんな風に思われていたなんて。
「どこから、誰が捨ててるんだろうって思って探しに来たんだ。そして、たまたままた、君が捨てているところを見つけた。泣きながら、涙はないのに泣きながら自分で作ったケーキを一つずつ…もったいなさそうに、大事に捨ててる姿を見たんだ」
大事なんかじゃない。こんな気持ちは邪魔なだけ。
なのに、なぜだか自分の目からぼろぼろと涙が溢れて止まらなくなった。
「もう、そんなふうに大切な物を捨てずにいたらいいなと思った。今年はなにも流れてこなかったらいいなと思った。だから、今年も見かけたら、今年は話しかけてみようと思ってたんだ」
そう言って、彼の手があたしの頭に優しく乗っかる。暖かい彼の手が、ますますあたしの涙を溢れさせた。
「大事なら、捨てない方が良い。大事だからこそ、ちゃんと、川に任さずに、流れに身を任さずに、自分で片付けないと」
大事だったんだ。だって好きだったんだもの。
なくしたい気持ちなのになくならなくて。
だけど自分でなくすには、勇気が足りなくて。
ふらふらとどっちにもゆけないまま、このまま川に流れて、流れてどこかに行って、いつか、どこかで、なにかになればいいなと願った。
この川の先で、優の手に渡ることを願いながら。
「うん……うん……」
まだ方法は分からない。
だけど自分で舵を取って動き出さなきゃどこにも進めない。漂流してそのまま遭難して、留まったまま動き出せないままだ。
彼は泣くあたしに、それ以上なにも言わずにただ傍で頭を撫でてくれた。名前も知らないあたしの、こんな気持ちに付き合ってくれた。
「ねえ、それ、もういらないならちょうだいよ」
止まって乾きだした涙を見計らったのか、彼はあたしの手元のチョコを指さして目を輝かす。
それが目的だったんじゃないかと思う程の満面の笑みを見せた。
ほんと、変な男。ほんと、訳がわからない。
そもそもなんでそんなに食べたいんだろう。身も知らず女の手作りチョコレートなんか。
自分の手元のチョコレートを少し見つめて、少しだけ考えた。人の為に作った物を……人のあげても良いのだろうか。
それこそ自分でなにもしていない。
──だけど。
ちらりと彼の表情を見つめると、あっけらかんとした笑顔であたしを見つめる。
想いを全てぶちまけた、彼になら、いいかもしれない。久しぶりに、誰かに食べて貰うのもいいかもしれない。
「……売れ残りの思いでも、いいなら」
そう言って、少しだけ前に差し出した。
残り二粒のチョコレート。彼は「やった!」そう言って手にした瞬間にぱくりと口の中に放り込む。
誰かに食べて貰うのは久々すぎて、一応味見はしているから味に自信はあるのに緊張する。そもそも、彼の好みも知らないし。最近は人に食べてもらうことを考えてお菓子なんて作ってなかった。
「ど、う?」
口に含んで動かしつつも、なんの反応もない彼に思わず感想を求めてしまう。それでも彼はなにも言わなくて、ついでにもうひとつ残ったチョコレートにも手を付けない。
もしかして、いまいちだった、かな。
「あの、これ、チーズ?」
「え? あ、うん、クリームチーズ……だけ、ど」
もしかして。
「チーズ……苦手な人……?」
「……ご、ごめ」
自分から言い出しといて嫌いなものでしたなんて、なんてバカな男なんだろう……余りにも申し訳なさそうな彼に、呆れるのを通り越して。
「は、ぶは…!」
思わず抑えきれずに吹き出してしまった。
あたしが作ったものが彼の口に合わなかったのは申し訳ないけれど、あんなに食べたそうにして、色々話してくれたっていうのに食べられないなんて。
失礼だけれど、カッコ悪い。
「う、うはは。はは」
「だ、だって仕方ねえじゃん! チーズ入ってるなんて思ってもなかったんだよ」
「そ、そうかもしれない、けど! あはははは」
本当にバカじゃないの。
本当に、まさか、自分の作ったチョコレートが、こんなにあたしを笑顔にしてくれるなんて。