「誰にあげたいわけでもない。あげたい人なんか一人しかない……」
こんな事を、なんでこんな知らない人に訴えているんだろう。
無駄な事なのに。ああ、あたしはいつも無駄ばかりなんだ。
この思いも一緒だ。
それが罪になることは分かってる。その罪に誰が一番傷付くのか。
愛美よりも賢よりも、きっと自分なんだ。
作りたくないのに作らざる得ない毎年のバレンタインチョコレート。込めたくないのに込めてしまうのは行き場のない想い。渡したくないのに捨てることも出来ずに毎年同じように鞄の中に仕舞うリボンの箱。
どうしたらいいのかわからない。
忘れたいのに忘れられない。
月日がどんなに流れても、同じように流れ彷徨うだけ。行くことも去ることも、留まることもなにも出来ないで。
川を流れるように、ゴールがあればいいのに。
川を流れながら、消えてなくなればいいのに。
こんないらない気持ち。こんなチョコレート。
三年の間に想いだけが募る。行き場のない想いだけがふくれあがる。
作るごとに誰にも渡せなくなり、自分で食べることも出来なくて、ゴミ箱に捨てるほどにはもったいない自分のかわいそうな愛しい想い。
だからこそ、こんな男にこんな風に吐きだしてしまっているのかも知れない。
「なんの役にも、なんの意味もない、無駄なだけのこんなもの、なくなればいい」
川に落として、音を出して沈んでゆく想い。そんな風に目に見えて、耳で聞こえるようになくなればいいのに。
自らの手で気持ちにけじめが付けられない代わりに、自らの手でチョコレートを、落とす。いつか込めた思いも同じように溶けることを祈って。
「オレ、生まれて初めて初めて女の子から貰ったチョコレートが、三年前なんだけどさ」
あたしの話を聞いていたのか、彼は急に昔話を始めた。
「好きだった女の子がいたんだ。結構仲良くて、ぶっちゃけこれはいけんじゃね? バレンタインに告白とかされちゃうんじゃね? とか思ってたわけで」
突然……自慢話なんて始めてどういうつもりだろう。なんなんだ一体。
「チョコ作るとか聞いてたからそりゃもう期待したわけよ」
「……あ、そう」
あたしの冷たい返事に、男の子はあたしに向けていた視線を空に移動させた。空を仰ぐ彼の横顔に月の光が降り注いでいるみたいに、彼は綺麗だった。
「だけど、そのチョコはオレの友達に渡って。オレはただのおまけだったってことを知ったんだ。もらったのはただの、義理チョコ。」
ああ、キレイだな。なんて、彼の話もそっちのけで思った。
ミルクチョコレートに黄色の光が降り注ぐ。艶やかなチョコレート色。
「犬の散歩がてら河原で傷心モードのオレの目の前に流れてきたのが、カップケーキだったんだ。赤色の紙に包まれたチョコレートのケーキ」
その言葉に、想いが一気に蘇る。
赤色のカップケーキ。忘れるはずのないケーキ。
三年前に、優に告白するつもりで作ったフォンダンショコラ。本当は愛美より先に渡して振られてしまおうと思ったけれど、タイミングが合わなくて結局愛美が先に告白し、そのまま、渡せなかったもの。
初めて川から投げ捨てた、あたしのチョコレート。