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「また捨ててんの?」


 日が落ち始めて夕日がチョコレートを照らす頃、先日と同じように橋の上でチョコレートを流すあわたしに、先日と同じように彼が声をかけてきた。

 振り返ると、ミルクチョコレートの彼がまた笑っている。

「もったいない」
「もったいなくなんかない。ただの塊よ」

 彼はそう言って、またあたしの隣に並んだ。

「チョコだよ。川に入れたらもう食べられないチョコレートだよ」

 ぽちゃんと軽い音が静かなあたしたちを包む空間に響く。
 川に落ちた瞬間に死んでいるのか、死んでいるから川に落としているのか。どちらなのかどんどんわからなくなってくる。

 ……始めは、弔いの気持ちだけだったのに。
 今は、こうしなくちゃいけないような気持ちだ。

「なんで、わざわざ捨てるチョコレートを毎年何度も作るわけ?」

 このミルクチョコの男の子は、なんでこんな変な女に興味をもつのだろう。
 ふと隣を見ると、にこりと微笑む彼の顔が視界いっぱいに広がった。

「別に、作りたくて作ってるわけじゃない。友達と作るついでに出来ただけ」

 そう、それだけのチョコレートだ。

「じゃあ、なんでそんな可愛くラッピングしてんの?」

 彼はあたしの言葉に間髪入れずに言葉を発した。
 それにびくりと体が一瞬跳ねる。妙に後ろめたい気持ちに捕らわれる。

 赤いリボンに淡水色のケース。
 1つずつ1つずつ、かわいい柄物のシートに乗せたチョコレート。

「好きな人にあげるためのチョコレートだろ? そうじゃなきゃこんなに丁寧に作る理由もないだろ?」

 彼は微笑む。あたしを真っ直ぐに見つめて。

 なんでそんなことを言われないといけないんだろう。
 なにもかもを知っているような顔をして、断言するような口調で、あたしを追い詰める。

 なにを知っているの。見かけだけでそんな風に決めつけて。なにも知らないくせに。

「なによりも、そんなに可愛くキレイにラッピングしてたんだから、誰かに食べて貰いたかったんだろ?」
「……違う」

 違う違う、そんなんじゃない。渡したいわけじゃない。渡したところでどうにもならない。渡したって誰も喜ばない。傷つくだけ。涙が増えるだけ。

 あたしの涙なんかもう枯れ果てた。だからどうだっていいんだ。だからこそ、自己満足のような区切りの付け方だけは、どうしてもしたくない。そんなの意味が無い。


 愛美には泣いて欲しくないんだ。
 あの二人の関係を壊したいわけじゃないんだ。

 
「行き場がないだけ……」

 ただ、好きの思いを、どう捨て去ればいいのか分からないんだ。

「告げられないまま終わらなければいけなくなった思いが、未だに体内にため込まれてるだけ」

 本当はずっと好きだった。中学二年で同じクラスになった時からずっと好きだったんだ。短い黒髪も、野球をしている姿も、日に焼けた肌も。白い歯を見せて笑う姿も。

 自分の唯一自信のあるお菓子作りで毎日のようにアピールしてもただのクラスメイト止まり。
 それでもなにか思いを込めて、なにか芽になればいいなと思っていた。
 気が合う友達だけではなく、女として見てくれないだろうかと。

 恥ずかしくて思いだけは口にできず、そうこうしている間に愛美が賢に惚れて。賢へのバレンタインチョコに協力をして。

 せめて最後にちゃんと告げようと思った。それだけでよかった。

 だけど。込めたチョコレートは、その日の告白をすぐさま受けた賢によって、喜ぶ愛美の笑顔によって。

 鞄の奥底に沈んでいったんだ。