優がいなくなってから、ふたりで今年のチョコレートをどうするかをもう一度考える。優はチーズが好きだったから、それっぽい感じでもいいんと思う。大人っぽい味になるだろうけれど、優なら大丈夫だろう。

 それを告げると、愛美は嬉しそうに微笑んだ。

 取り敢えずもう一度一緒に、今度は優のためのチョコレートを作る。その一回で愛美が完璧なものを作れるとは思えないから、おそらくバレンタイン前日にもう一度一緒に作ることになるだろう。

 いつものパターンだ。

「今年のバレンタインはふたりは、なにするの?」
「んーどうしようかなあー……」

 レシピを考えていると愛美がつぶやいた。

「結局毎年普通にデートして終わりなんだもんーなんか特別なことしたいなあー」
「まあねー? ちょっとリッチなレストラン、くらい?」

 社会人とかならもっと特別な日を過ごすかもしれないけれど。夜景の見えるレストランでディナー、みたいな。

「もう三年になるんだなあ」

 ぼんやりと考えていると、愛美がまた呟いた。
 もう三年。あれから三年。まだ、三年。

「水華に教えて貰って一緒に作ったチョコレートで告白がうまくいったんだから、水華のチョコレートはわたしにとって恋のキューピットだよ」

 その力は、愛美にしか効果がないみたいだけどね。あたしのチョコなのに、あたしにはちっとも効果がない。

 なんの役にも立たないで、川に流されるだけのチョコレートだもの。

 愛美の作ったチョコレートは、あたしの隣に並ぶと少し不格好。
 大きさもまちまちで、お世辞でもキレイとは言いにくい。味はあたしのレシピなんだから美味しいのは間違いないけれど、見た目だけで味を想像するならば、微妙だ。

 だけど、優はこのチョコレートを選んだ。

 それはあたしの力なんかじゃない。
 愛美の、愛美だけの力だ。
 この愛美のチョコレートがどんなに不格好でも、どんなにまずくても、優は愛美のものなら喜んで食べるだろう。

「そういえば、わたしお兄ちゃんにあげてるんだけど、始めは喜んで食べてくれるんだけど、二回目から嫌そうな顔されちゃうんだよねーひどいよね」
「まあ、結構飽きるしねえ……しかも愛美結構な量作るし」
「水華はいつも作ったチョコレートどうしてるの?」


──川に投げ捨ててます。

 
「家族、あたしも」

 にこりと微笑むと、愛美は「水華のならいくらでも食べられるよね」と行って笑った。

 愛美の作るチョコレートに比べたら綺麗なあたしのチョコレート。だけど、それは見た目だけで中身はドロドロのぐちゃぐちゃぐちゃ。

 食べたってきっと、なんの味もしないだろう。
 だって、行き場のない思いしかこもっていないお菓子だもの。

 きっと美味しくない。きっとまずい。

 作ってすぐそばのゴミ箱に投げ入れればいいと思う。まずくても自分で食べずに愛美に言ったように家族にあげればいいだろう。
 家族はきっとそれなりに美味しいと言ってくれるだろう。

 だけどいつもあたしは。

 いつも小さな箱を取り出して、その中に一粒ずつ紙に載せて丁寧に並べる。
 まるで、誰かにあげるように。まるで、バレンタインのチョコレートのように。

 箱に詰められて、ラッピングを施されたチョコレートは、いつも次の日は鞄の中に押し込められて、身動きできないまま一日を過ごす。

 そして、その日の夜にいつも、お葬式をするんだ。

 ふわふわ、ただ流れて、行き場がない。ピエロになりきることもできないで、どこにも行けないあたしのチョコレートは、あたしそのものだ。

 鞄の中にひっそりと存在するチョコレート。手を触れることもないまま、鞄にある意味もなく一日を過ごす。