[漂流チョコレート]
20110208→20160210修正









 バレンタインは葬式に似ている。

 少なくとも、あたしにとってのバレンタインは葬式のようなもので、毎年こうして死んでいくなにかをバレンタインの数日前から当日まで、毎年数回は弔っている。

 二月の寒空の下で。月明かりに照らされて。

 ぽちゃん、と跳ねる水音は、あたしの不毛な塊が死んだことを教えてくれた。

「川は、ゴミ箱じゃないよ」

 背後から明るい声が聞こえてきて、振り返る。
 そこにはにっこりと、可愛らしく微笑む男の子があたしを見つめていた。ミルクチョコレートみたいな髪の毛が、街灯の光の下、冷たい風に揺られている。

「……葬式してるの」

 あたしは平然とそう返す。
 彼の存在に驚かなかったあたしと同じように、彼もまたあたしの意味の分からない発言に驚くことなく近づいてきて隣に立った。

 手元にある塊をまたひとつ、あたしはつまんで大きく振りかぶる。そして勢いよく川に投げ入れると、その黒い塊は大きな弧を描いて水に吸い込まれるように落ちていった。

 また、ぽちゃん、と水がはねた。
 その音があたしをいつも、少しだけ、安心させてくれる。

 ああ、こうしてまた、死ぬことができる。

「振られたの?」

 もう見えるはずのない塊を見つめるように川を覗き込んでいると、彼が呟いた。ちらりと視線を横に動かすと、ミルクチョコレートの男の子がわたしを見つめている。

 この人、誰なんだろう。

 私服だからどの高校に通っているの生徒なのかはわからない。少なくとも、同じ高校ではないだろうと思う。

 さっきは気づかなかったけれど、隣の彼はなかなかのイケメン。整った目鼻立ち、優しそうなほほ笑みにそこそこ高い身長、これだけの容姿をしていれば、興味がなくても名前や顔くらいはあたしも知っているはずだ。

 あたしの視線に「ん?」と言いたげに首を傾げる。

「弔ってるの」
「それ、振られたってこと? 今年も」

 〝今年も〟その台詞に思わず眉間にしわがよって、「は?」と不躾な声が出てしまった。いや、この場合彼のほうが不躾か。

「去年も、ここでそれ、捨ててたよね」

 去年も見られていたってことか。
 羞恥に目をそらした。去年も、こんな姿を見られていて、今年もこうして同じことをしているなんて、端から見ればカッコ悪いことこの上ない。

「一昨年も」

 あたしが恥ずかしがっていることに気がついたのか、彼の声色にはかすかに笑みを感じるものがあった。

「おれの家、この川の先にあるんだ。一昨年、見つけたんだよ。今日のとは違うけど、美味しそうなのは変わらないね」
「……どうも」

 それ意外どう答えていいのかわからず、手元の箱のなかを見つめた。

 赤に近いピンク色の箱のなかには、仕切りがあって、中には八個のスペースが有る。そのうちの半分には茶色のミルクチョコレート、残り半分は既に川のなか。

 昨日作った手作りチョコレート。中にはラズベリーのジャムが入っている。表面には粉砂糖がまぶしてあるものと、アーモンドが乗っているもの。

「なんで、捨ててるの? 手作りでしょ、それ」

 箱を指差した彼を一瞥してから、川の先を見つめた。今頃、どのへんを流れているのだろう。もう既に溶けて水と混ざっているのだろうか。

「捨ててるわけじゃない。ただ、行き場がないだけ。だから、弔っているの」

 このチョコレートも、このチョコレートに込めた想いも。どこにもいけないから、供養しているだけだ。