「美弥、煙草取って」

そう言って高谷はまだ乱れた衣服のまま寝そべる私に隣の煙草を指指した。

――行為が終わった後にすぐに煙草を吸う男は嫌いだ。そう思いながらもまだだるい体を起こして煙草を手にした。

高谷の煙草を一本取り出して自分の口に咥えながら。


乱れた衣服のままで煙草を二人で吸うなんて、乱れてる所じゃないな。しかも場所は――大学の屋上なんだから狂っているに近いかもしれない。


ライターを付けて煙草の先が赤く光ると私は二度吸って一度吐きだした。白い煙を。重量を感じる様にじわりと空気の中に広がって、次第に消えていく。

美味しくもない。そんなのわかりきってる。体にだって悪影響。そんなの承知。だけど吸い続ける煙草は精神安定剤とでも言えば良いのだろうか。

そんな格好いい物でもない。ただの現実逃避と時間稼ぎだ。


「美弥」


となりの高谷が私の髪に触れる。
私を見て覗き込む。

顔は――嫌いじゃない。少し焼けた肌も、短い髪も、無精髭も似合ってるから。その顔に煙草がよく似合う。

それ以上に、綺麗な手。煙草とよく似合う。
だけど――……。

高谷はゆっくりと私に近づいてきて触れるくらいのキスをした。

このキスは――嫌い。苦い苦い煙草の味しかしないキス。
唇が離れてすぐに、渋い顔をしながら煙草の火を押しつぶし、衣服を整え、私はホコリを払いながら立ち上がった。


「じゃ、授業あるから」


口から出た言葉はさっきまで乱れていた女とは思えないほどの冷たい声。出来るだけ素っ気なく。出来るだけ自分を閉ざしてそう口にする。


「おお」


そんな私には全く気にする素振りはなく座ったまま高谷はくわえ煙草でそう軽い返事をするだけ。

――憎らしい。

何も返事をすることなく私はコンクリートの階段を一人で下りた。

もう、二度と来るものか。二度と高谷とセックスなんかするか。そう思うのもいつものことなのに……そんなもの一度だって出来たことがない。

少しだけ上を見てみるも、誰も降りてくる気配なんかない。

本当に、煙草みたいな男。
上にあるだけの、煙のよう。
掴もうと思っても、掴めない。