「ほら、ワープ!」
「マジでバカなの、お前」


 失敬な!

 わたしのこの感覚を全く共有してくれないなんて、感性がおかしいのだろうか。もしくは折川とわたしの相性が全く合わないからかもしれない。

 でも、ちょっとくらいこの楽しい感覚に共感してくれてもいいんじゃないだろうか。本当に自分がバカみたいじゃないか。いや、バカなことを言っているのはわかっているけれど。

「あ」

 そんなわたしの落胆ぶりに気づかない無神経折川はいつものようにいつもの場所で声を上げる。彼の視線の先には公園の時計。時間は四時四七分くらい。

「バス遅れるから、先行くわ!」

 バスの時間は確か五二分。ここからバス停まで約五分。わたしの帰る方向のバスがやってくるのはもう少し先だから急ぐ必要はない。

「はいーまた明日。彼女にもこのワープの秘密教えてもいいよ」
「言わねえよ、オレがバカ扱いされるだろうが」

 本当に失礼な男だ。彼女に振られちまえ。

「じゃあな」とわたしに笑いながら手を振って、折川が地面を蹴り上げた。


 折川は数カ月前からバイト先で出会った女の子と付き合いだした。学校の違う彼女とは図書館で待ち合わせ。学校帰りに帰る方向とは違うバスに乗り込んで会いにいく。 

 駆け足でバス停に向かう折川の背中を見ながら、わたしはまた目を瞑った。



  いち、に、さん、し、ご、ろく、なな、はち、きゅう、じゅ──



「いだ!」

 バランスを崩して痛みと同時に目を開く。
 いつの間にか斜めに歩いていたらしく、片足を溝に嵌って隣の塀に頭をぶつけた。

「い、たあ……もう、ほんとバカだ」

 ふらふらと立ち上がって、自分の足を見る。溝のフチで擦ってしまったのだろう。履いていたタイツが破けてその奥にある肌からじわりと血が浮かぶ。

 まわりに誰もいなくてよかった。こんなバカなところ見られていたは恥ずかしすぎる。となりに折川がいたら、きっと心配して手を差し伸べてくるだろう。そして、そのあとに思い切りバカにしてわらうだろう。

 道の先にもう、折川の姿はなかった。
 ワープしたのは、折川なのか、わたしなのかどちらだろう。


 小学生の時にハマった、くだらないワープ遊び。
 再びそれを始めたのは、折川に彼女ができてから。放送委員会議の帰り道、ちょうど時計の見えるこの場所から。

 折川の後ろ姿をワープして見ないで済むように。


「痛いよ、アホ」

 じわりと浮かんだ涙を堪えるように、唇に歯を立てた。



END