[超能力者は瞼を閉じる]
20160210
◇
瞼を落とすと、わたしのちっぽけな世界は暗闇に包まれる。そして、目を開けると眩しい光と景色が飛び込んでくる。
その些細な瞬間移動を楽しみ始めたのは、小学生の頃のこと。そして、そのブームが再び訪れたのは、最近のこと。
学校からバス停までの道のりを、折川と並んで歩くようになったのは委員会が一緒になった今年の春から。数ある委員会の中で一番会議が多くめんどくさい放送委員になったキッカケはただくじ運がなかっただけ。
幸いだったのは、折川が委員会をサボるようなやつではなく、また、とても話しやすいやつだったことだろう。
「なにそれ」
いつものように意味のない放送委員会議が終わって一緒に帰っている時、何気なくわたしの超能力について話すと、折川は怪訝な顔をした。
特別にわたしの密かな楽しみを隣を歩く折川に教えてやったというのに、なんだその顔は。
「だから、ワープよ、ワープ」
「いや、え? お前バカなの?」
失敬な。
こんなに一生懸命説明してやったというのに。
わたしの密かなブーム。それは、目を閉じて歩くというものだ。目を閉じて、数秒。できるだけ長いほうがいい。心のなかでゆっくりと数を数えて、目を開く。
それだけだ。
「ワープしたいみたいに感じるんだって。一瞬、え、どこここ、ってなるの。景色が変わってそれがすごく新鮮なの」
「目をつむって歩いているからだろ」
「なんでわかんないかなあ……そうなんだけど、ほんの数歩の間景色が見えないだけで景色ってだいぶ変わるんだって。一瞬のその感覚がさあ」
どれだけ力説しても折川は眉をひそめたままわたしを見ていた。なんて夢のない男だろう。ワープができる秘密の方法を教えてやったというのに。人をばかにするような、いや、むしろバカすぎて憐れむような視線でわたしを見るなんて。
「取り敢えず一回やってみたらわかるよ」
ほら、と彼の背中を軽く叩いて「目、瞑って」と呼びかけると、彼はしぶしぶ目を閉じた。それを確認してわたしも閉じる。
見えていた住宅街の景色に幕がおろされて私の視界が真っ黒に染まる。景色が消えると、三月の冷たい空気がより一層冷えたような気がした。
いち、に、さん、し、ご、ろく、なな、はち、きゅう、じゅう。
「はい!」
わたしが声をかけると、ふたり(多分)同時に目を開いた。
さっきまで歩いていた景色が少しだけ変わる。目を瞑る前はなかった電信柱とか、キレイに咲き誇る庭だとか、柵の奥に見える犬だとか。その先にある公園の時計とか。