くだらない妄想に浸り、あまりの馬鹿馬鹿しさに自嘲気味な笑みが零れた。
「最後にひとつ、教えてあげる」
にっこりと微笑みながら腰を上げた。涙を瞳いっぱいに浮かばせる彼女は私を見つめてくる。
「私は昨日、彼と別れたの。私を抱いたその直後に」
私と一緒に死にたい、といった男は一糸まとわぬ姿のまま、涙を堪えながら私に別れを告げた。もう会えない、もう会わないと、涙を流しながら。意味がわからなくて呆然とする私を置いて、そのまま勝手に出て行った。
心の底で私を愛していたとしても、振られたのは私だ。彼はどんな理由であれ、彼女を選んで婚姻届に記入した。
煙草を咥えて彼のZIPPOで火を点ける。彼女はもう止めようとはしなかった。
大きくい煙を吸い込んで、吐き出しながら彼の遺影に近づき、香炉に煙草を突き立てた。
ほら、やっぱり彼には線香よりも煙草の方がよく似合う。ショートホープじゃなくて悪いけど。
「そういえば、なんで葬式にピンヒール履いてるんですか? しかも妊婦なのに」
私は彼の遺影に背を向けようとしたところで、ふとそんな疑問を投げかけた。彼女は少し驚きの表情を作ってから、苦笑とともに「意地でも背筋を伸ばして、踏ん張るために」と告げてから「あとは、嫌がらせです」と言った。
なるほど、さすがあのクソ男と十年付き合うだけある。
「……お大事に」
外に出て、冷たい空気の中をひとりで歩く。
車で連れてきてもらったからここがどこなのかもわからない。タクシーを捕まえようにも、車一つ通らない道路にため息が零れた。仕方ないかと煙草を取り出そうとして、彼のZIPPOを返し忘れたのを思い出した。
私のそばに彼のものがあるのが嫌で返してやろうと、ここまでやってきたっていうのに。
彼は彼女に自分を残した。
彼は私にZIPPOを残した。
「ホントに、私に溺れて死ねってか」
自分は溺れて死ねなかったくせに。一緒に死のうと言っていたくせに。ひとり勝手に事故なんかで死んだくせに。なんて自分勝手な男なんだろう。
じわりと涙が浮かんできて、ふと彼女の履いたピンヒールの、地面を蹴る音が聞こえた気がした。そこに込められた彼女の意地と覚悟。
胸の中に、ぽっかりと穴が空いているのが自分でわかる。それを塞ぐように肺いっぱいに煙を吸い込み、まだ中身の入った煙草の箱を握り潰した。
仕方がないから、このZIPPOはそばに置いておいてあげる。
もう二度と煙草を吸わないために。もう二度と、バカな男に騙されないために。
溺れて死んでやるものか。
これが、私の意地だ。
了