先輩の言っていたように、康也のおばさんらしき人の隣には見知らぬ女性がいた。
エナメルのピンヒールを履いて、悲しみに暮れたような顔をしていた女。
車の中で、先輩は私にいろんな迷惑な話をし続けた。
『あいつは本当に真琴ちゃんのことを好きだった』
『真琴ちゃんと一緒にいるときは本当に楽しそうだった』
『ここ一年くらいは真琴ちゃんに本気だったと思う』
『彼女と別れようと思うと言っていた』
『悩んでいた』
『相談を受けた』
どれもこれもくだらなさ過ぎて反吐がでる。
十年付き合った彼女がいたのを知っていて私を迎え入れた先輩も、友達も。私を慰めているつもりの今更な言葉も。
「他に好きな人が出来たからごめんって。……十年も付き合っていたのに」
「そうですか」
私となにを語りたいのか。面倒になって煙草を一本取り出して口に咥える――と、同時に彼女が慌てたように「あ」と声を発した。
「……煙草嫌いな人ですか?」
「そういうわけじゃ、ないけど……」
目を伏せて、少しお腹を擦る彼女に思わず乾いた笑いが零れた。
「今何ヶ月ですか?」
「……三、ヶ月です」
「それが、別れなかった理由ですか」
私の諦めたような口調に、彼女が言葉を選びながらゆっくりと話す。
「あの日……別れを告げられた日、妊娠のことも報告したんです。そしたら、彼は……結婚しようって言ってくれました。結婚願望のない人で、すごく悩んでからの発言だったけれど……すごく、嬉しかった」
ばっかばかしい。その日の次の日かその次の日かはわからないけれど、そう言った男は私を抱いたと彼女は知っているのだろうか。いつも以上に甘ったるい愛撫に激しい動きで、私よりも先に果てたのを、今ここで事細かに説明してやろうか。
「そして……一昨日、籍を入れました」
あの男が、あのペラペラの紙切れに名前を記入したのか。その姿だけでも見てみたかった。腹を抱えて笑ってやるのに。
結婚願望のないあの男は、どんな気持ちでペンを手にしたんだろう。二年半という、薄っぺらいお付き合いしかしてない私には想像もできない。
「それでも、彼は貴方を愛していたと……思います」