病室の扉を閉めて、軽くもたれかかるようにして座り込んだ。




「嘘、だ…」



…思わずそう呟きが漏れる。




足を強く傷つけられたことは…日向の苦しい様子からして、医師が伝えるもっと前に分かっていた。



だから、歩くことさえ難しくなると聞かされたら…どうなってしまうのか。
そう思うと胸が痛んだ。





でも…






「…っ」



瞼が、震えた。





――――…彼には、記憶がない。



全てを…失ったんだ。






お母さんも

お父さんも



友達も

先生も



陸上部員も

あたしも…



幸せな記憶も

辛い記憶も




…全部全部…白紙になったんだ…






――…人が不幸を感じるのは、幸せだった頃の記憶があるから。