「うん。なんでやろうな……」


イッペー君はあたしの方を見もせずにポツリポツリと言葉を紡ぐ。


「なんでかしらんけど。サクラは咲楽って漢字でもなければ、名字でもなくて……」

「……」

「オレの頭の中で、勝手にサクラってカタカナに変換されてる」


あ……ヤバい。

今――キュ……って

心臓が小さくなったような気がした。

指先が震える……。


イッペー君は
「最初の思い込みってなかなか抜けへんよな」って、ちょっとはにかむように笑った。


あたしはしばらく声を出せなかった。

あたしだけじゃなかった。

気のせいなんかじゃなかったんだ。

イッペー君はあたしのこと、名字の咲楽じゃなくて、下の名前を呼ぶように“サクラ”って呼んでたんだ。


こんな感覚。

誰かに話してもきっと理解してもらえない。

あたし達にしかわからないかもしれない。

だけどイッペー君と同じ感覚を共有していたことに、なんだか感動して。



――なぜかちょっと泣きそうになった。




「……サクラ?」


ぼんやりしていたあたしの顔をイッペー君はひょいと覗き込んできた。

あたしはまた慌てて話題を探す。


「じゃ、先生、あたしの本当の下の名前、知ってる?」