君と夜色と、透明な。

ママが部屋を出ていったあとカチリ、と鍵の閉まる音がした。
スマホもリビングに置いたままだ。

今日の模試、第一志望の判定がAからBに落ちた。
それだけの理由で、私はリビングで数時間正座させられた。

「あなたのためにどれだけお金をかけていると思っているの」
というママの声がまだ頭の中にある。
パパはいつも通り、テレビの野球中継を見たまま座っていた。

私の意見なんて最初からこの家にはない。あるわけがない。あってはいけない。
私は親の世間体を保つためのただの人形なんだ。

死にたいわけじゃないし死んでほしいわけでもないんだけれど。
なんだろ、ただあいつらが絶望する顔が見たい。

だから、さっき深夜のコインランドリーで出会った、あの男の子の提案に乗ることにした。
私の名前は、都季(とき)。
私と同じ高校の制服を着ていたけれど名札を見たこともない、浮いた奴。
制服からはタバコと、妙に冷たい匂いがした。

私が泣きながら乾燥機のガラスを見つめていたら、隣の自販機で缶コーヒーを買った彼が、こっちを見もしないで言った。
「親が一番絶望するのって何だと思う?娘が、俺みたいに、底辺なクズ共に人生めちゃくちゃに壊されることだよ」

自動販売機の下で彼はそう言った。
目は笑っていなかった。

私と同じ、何色にも染まれない目をしていた。
私たちはこのノートを買って、今日から嘘の恋を綴ることにした。

親が私の部屋を漁って、この日記を盗み見るのを前提に、最悪な、最低な、壊れ方をここに記録していく。
ルールは1つ。本気で好きになったら、即終了。

絶対に好きになんかならない。

暗い部屋の中で街灯の光だけを頼りに、これを書いている。
さっき、ママが私の部屋のゴミ箱をの中身をチェックしていった。
私が何を捨てたのか何を考えているのか、全部監視しないと気が済まないんだ、あの人は。

だからこの日記がママの目に触れるのは時間の問題。
きっと、私が学校に行っている間かお風呂にでも入っている間に、見つけ出してページをめくるに決まっている。

あのコインランドリーで、彼に「恋人のフリをしよう」って言われたとき、頭のどこかで何かがプチッと切れる音がした。
今まで逆らうことなんて考えもしなかった。
だってそんなことしたら責められて私が全部悪いことにされるから。

今日の模試の結果を見た時のママの顔。

「私の顔に泥を塗る気?」って、怒鳴られたとき、私は本当にこの人の子供なのかなって思った。
私の成績が下がることが、ママにとっては何よりも許せない犯罪なんだろうなって。

彼の言う通りにしてあげる。
ママが一番大切にしている私の人生を、ママが一番嫌悪する底辺に徹底的に汚してもらおうと。

彼は、学校でも誰も話しかけないような存在。

家に殆ど電気が通っていないって本当なのかな。
親がこれを見つけたとき、どんな顔をする?
血の気が引いて、自分の育て方が間違ってたって大声で泣き叫ぶのかな。

でもま、あんな何考えてるか分からない奴を好きになるわけがない。
明日、このノートをまたコインランドリーのどこかに隠しに行く。

朔、次はあんたの番だよ。
汚い言葉をここに書いてよ。