「俺、藍さんが大学行くの心配です……絶対モテるから」
「モテないよ。しかも、勉強しに行くところだから。ね?」
俺は大学進学を機に、伊織の住む街を離れて東京に出た。
一人暮らしを始めてからも、実家に帰省する機会を頻繁に作った。月に一回は週末に伊織がアパートに泊まりに来ることもあり、離れて暮らしているわりには結構会っていた。
伊織は二年生になり、バスケ部で無事レギュラー入りを果たしたことや、高校卒業後に学びたいことが見つかったことなどを、会うたびに嬉しそうに教えてくれた。
「俺が専門受かったら、ここに住まわせてくださいよ」
「えっ? 狭すぎるよ」
「嫌なんですか?」
「そんなこと一言も言ってないでしょう」
途端に伊織は唇を尖らせ、腕を組んで俺に背を向けた。
……わかりやすいなぁ。
俺は思わず吹き出してしまった。
「なに笑ってるんですか」
「いや? 可愛いなと思って」
「っ……、可愛くないです。カッコいいのほうがいい」
そう言って不満げに睨んでくるけれど、伊織は間違いなくカッコいい。すでに百八十センチを超える身長に、すらりとしたスタイル。涼しげな二重の目元には、どこか引き込まれるような強さがある。
綺麗な横顔を見るたび、俺は思う。伊織のほうが、モテるだろうな、と。
「伊織のほうこそ、学校の女子が放っておかないんじゃない?」
「俺には藍さんしか見えてないんで関係ないです。……それより話、戻しましょう。ここに住みたいです。親も藍さんとなら安心してくれると思うし」
「気が早いなあ。合格したら、またその時に決めようよ。一緒に住むなら、新しいところ借りてもいいんだし」
伊織は目を輝かせたかと思うと、膝に抱えていたクッションに勢いよく顔を埋めた。
「……楽しみすぎる」
クッションに埋もれた低い声。
少しだけ覗いた耳の先はほんのり赤く染まっていて、口元が緩んでいるのが横から見ても分かった。
俺も嬉しくなってしまった。ふたりの生活、悪くないのかもな。
翌年の三月。伊織は第一志望の専門学校に合格した。
機械工学を学ぶそうだ。俺は根っからの文系なので、説明を聞いてもいまいちどんなものか想像がつかなかった。けど、伊織が目を輝かせながら語っているのが微笑ましかった。
「おめでとう、よかったね」
「ありがとうございます。それで、前にした約束……」
「覚えてるよ。週末、伊織のお母さんに話しに行こう」
「はい……!」
伊織の家に行くと、伊織のお母さんはいつものように俺を歓迎してくれた。
ダイニングに通されると、アイシングクッキーと紅茶を出してくれた。伊織の手先が器用なところは、お母さん譲りなのかな。
伊織は少し緊張した様子で口を開いた。
「母さん、四月から藍さんと住んでいい?」
「シェアハウスってこと?」
「ううん、『同棲』」
伊織は静かに、けれどはっきりと答えた。
その言葉は俺の胸に響いた。俺との未来を迷いなく選んでくれていることを実感したから。俺の未来には伊織がいて、伊織の未来にも俺がいる。
確かめ合ったわけではないのに、伊織が口にした『同棲』には、そんな愛おしい重みがあった。
お母さんは驚いたように目を丸くした。
「藍くんは迷惑じゃないかしら……?」
「はい、俺も伊織と同じ気持ちです」
俺の返答を聞いて、お母さんは顔を綻ばせた。
「藍くんとだったら私も安心だわ。わがままが過ぎたら追い出してやって大丈夫だからね」
「大丈夫です。伊織のわがままには慣れてます」
伊織は机の下で俺の足を小突いた。
「モテないよ。しかも、勉強しに行くところだから。ね?」
俺は大学進学を機に、伊織の住む街を離れて東京に出た。
一人暮らしを始めてからも、実家に帰省する機会を頻繁に作った。月に一回は週末に伊織がアパートに泊まりに来ることもあり、離れて暮らしているわりには結構会っていた。
伊織は二年生になり、バスケ部で無事レギュラー入りを果たしたことや、高校卒業後に学びたいことが見つかったことなどを、会うたびに嬉しそうに教えてくれた。
「俺が専門受かったら、ここに住まわせてくださいよ」
「えっ? 狭すぎるよ」
「嫌なんですか?」
「そんなこと一言も言ってないでしょう」
途端に伊織は唇を尖らせ、腕を組んで俺に背を向けた。
……わかりやすいなぁ。
俺は思わず吹き出してしまった。
「なに笑ってるんですか」
「いや? 可愛いなと思って」
「っ……、可愛くないです。カッコいいのほうがいい」
そう言って不満げに睨んでくるけれど、伊織は間違いなくカッコいい。すでに百八十センチを超える身長に、すらりとしたスタイル。涼しげな二重の目元には、どこか引き込まれるような強さがある。
綺麗な横顔を見るたび、俺は思う。伊織のほうが、モテるだろうな、と。
「伊織のほうこそ、学校の女子が放っておかないんじゃない?」
「俺には藍さんしか見えてないんで関係ないです。……それより話、戻しましょう。ここに住みたいです。親も藍さんとなら安心してくれると思うし」
「気が早いなあ。合格したら、またその時に決めようよ。一緒に住むなら、新しいところ借りてもいいんだし」
伊織は目を輝かせたかと思うと、膝に抱えていたクッションに勢いよく顔を埋めた。
「……楽しみすぎる」
クッションに埋もれた低い声。
少しだけ覗いた耳の先はほんのり赤く染まっていて、口元が緩んでいるのが横から見ても分かった。
俺も嬉しくなってしまった。ふたりの生活、悪くないのかもな。
翌年の三月。伊織は第一志望の専門学校に合格した。
機械工学を学ぶそうだ。俺は根っからの文系なので、説明を聞いてもいまいちどんなものか想像がつかなかった。けど、伊織が目を輝かせながら語っているのが微笑ましかった。
「おめでとう、よかったね」
「ありがとうございます。それで、前にした約束……」
「覚えてるよ。週末、伊織のお母さんに話しに行こう」
「はい……!」
伊織の家に行くと、伊織のお母さんはいつものように俺を歓迎してくれた。
ダイニングに通されると、アイシングクッキーと紅茶を出してくれた。伊織の手先が器用なところは、お母さん譲りなのかな。
伊織は少し緊張した様子で口を開いた。
「母さん、四月から藍さんと住んでいい?」
「シェアハウスってこと?」
「ううん、『同棲』」
伊織は静かに、けれどはっきりと答えた。
その言葉は俺の胸に響いた。俺との未来を迷いなく選んでくれていることを実感したから。俺の未来には伊織がいて、伊織の未来にも俺がいる。
確かめ合ったわけではないのに、伊織が口にした『同棲』には、そんな愛おしい重みがあった。
お母さんは驚いたように目を丸くした。
「藍くんは迷惑じゃないかしら……?」
「はい、俺も伊織と同じ気持ちです」
俺の返答を聞いて、お母さんは顔を綻ばせた。
「藍くんとだったら私も安心だわ。わがままが過ぎたら追い出してやって大丈夫だからね」
「大丈夫です。伊織のわがままには慣れてます」
伊織は机の下で俺の足を小突いた。



