「あ、いや、今頷いたのは、お付き合いを承諾したわけではなくて……」
「じゃあ何ですか」
伊織が苛立った表情をするのを初めて見た。
こんな顔、するんだ。
しばらく沈黙が続く間、頷いた理由を考えてみたけど、しっくりくる言葉は浮かばなかった。それでも、嫌だと思う気持ちは俺のどこにも見当たらなかった。
「あの、これから知りたいという意味で……ダメかな?」
「ダメ……じゃないです」
こうして、俺たちはお互いを知っていく期間を設けることになった。
俺が卒業するまでの四ヶ月、伊織は不器用ながらも少しずつ自分を見せてくれた。
俺が部活を引退していたから、一緒の時間を過ごすことは少なくなっていたけど、それでも伊織なりに努力してくれていたのだと思う。
部活が休みの日には、三年の下駄箱の影で待っていて、「一緒に帰りましょう」と誘ってくれた。
その声には少しだけ緊張が滲んでいた。勇気を出してくれたんだ、と胸がきゅんとした。
ある日の帰り道、伊織がいつもより真剣な声で言った。
「俺が先輩を好きになったきっかけ話してもいいですか?」
「あ、うん、お願いします……」
「先輩は覚えてないかもしれないけど、入部してすぐの練習のとき、『お前の目は弱い』って杉田(すぎた)先生に指摘されたことがあって」
「あっ、あれね」
「その日の部活終わり、更衣室で先輩が『伊織の目は、奥に強さがあるんだよ』って言ってくれて……」
伊織の目は、口以上にものを言っている。俺はそう感じていた。だから、あのときそう声をかけたんだと思う。それが、俺に対して好意を持ってくれたきっかけになっていたというのは驚いたけど。
感情を表に出さない代わりに、目を見れば分かる。今、あのときの俺の言葉を愛おしんでくれていることも。
「ちゃんと覚えてるよ」
俺が顔を覗き込むと、伊織は照れたように目を逸らした。
いつからか、伊織が安心する言葉をかけてあげたいと思うようになっていた。
卒業式の日。
伊織は、俺の学ランのボタンが一つなくなっているのを見て、黙った。そして、小さく低い声でこう言った。
「それ……」
「クラスの女子にどうしてもって言われて、あげちゃった」
「っ……なんであげちゃうんですか……」
「でも、見て伊織」
俺は第二ボタンを指差した。
「伊織のは、これでしょ?」
伊織の目には安堵の色が浮かんだ。
第二ボタンを外し、伊織の手のひらにそっと置いた。
「ありがとうございます……」
「喜んでもらえてよかった。伊織のこといっぱい教えてくれてありがとう。……俺も伊織が好きです」
こうして、俺たちは恋人同士になった。
「じゃあ何ですか」
伊織が苛立った表情をするのを初めて見た。
こんな顔、するんだ。
しばらく沈黙が続く間、頷いた理由を考えてみたけど、しっくりくる言葉は浮かばなかった。それでも、嫌だと思う気持ちは俺のどこにも見当たらなかった。
「あの、これから知りたいという意味で……ダメかな?」
「ダメ……じゃないです」
こうして、俺たちはお互いを知っていく期間を設けることになった。
俺が卒業するまでの四ヶ月、伊織は不器用ながらも少しずつ自分を見せてくれた。
俺が部活を引退していたから、一緒の時間を過ごすことは少なくなっていたけど、それでも伊織なりに努力してくれていたのだと思う。
部活が休みの日には、三年の下駄箱の影で待っていて、「一緒に帰りましょう」と誘ってくれた。
その声には少しだけ緊張が滲んでいた。勇気を出してくれたんだ、と胸がきゅんとした。
ある日の帰り道、伊織がいつもより真剣な声で言った。
「俺が先輩を好きになったきっかけ話してもいいですか?」
「あ、うん、お願いします……」
「先輩は覚えてないかもしれないけど、入部してすぐの練習のとき、『お前の目は弱い』って杉田(すぎた)先生に指摘されたことがあって」
「あっ、あれね」
「その日の部活終わり、更衣室で先輩が『伊織の目は、奥に強さがあるんだよ』って言ってくれて……」
伊織の目は、口以上にものを言っている。俺はそう感じていた。だから、あのときそう声をかけたんだと思う。それが、俺に対して好意を持ってくれたきっかけになっていたというのは驚いたけど。
感情を表に出さない代わりに、目を見れば分かる。今、あのときの俺の言葉を愛おしんでくれていることも。
「ちゃんと覚えてるよ」
俺が顔を覗き込むと、伊織は照れたように目を逸らした。
いつからか、伊織が安心する言葉をかけてあげたいと思うようになっていた。
卒業式の日。
伊織は、俺の学ランのボタンが一つなくなっているのを見て、黙った。そして、小さく低い声でこう言った。
「それ……」
「クラスの女子にどうしてもって言われて、あげちゃった」
「っ……なんであげちゃうんですか……」
「でも、見て伊織」
俺は第二ボタンを指差した。
「伊織のは、これでしょ?」
伊織の目には安堵の色が浮かんだ。
第二ボタンを外し、伊織の手のひらにそっと置いた。
「ありがとうございます……」
「喜んでもらえてよかった。伊織のこといっぱい教えてくれてありがとう。……俺も伊織が好きです」
こうして、俺たちは恋人同士になった。



