君の呪いも抱きしめるから、二人で笑う明日がほしい。


 自分の部屋の中は、カーテンを閉めていて仄暗い。
 机の上には勉強道具やテスト勉強に使っていた参考書が散乱していて、まだ受験勉強をしている気分だ。
 ……もうとっくに受験を終えて、行く高校だって決まったのに。
 決まった高校は第一志望で、この選択に後悔はない。
 なのになんで、こんなにウズウズするんだろう。

『音楽しようぜ。二人でやれば絶対楽しいって』

 約束を、破ったからだろうか。
 ずっと忘れていなかった約束を、二つも。

 受験勉強の道具があったって、受験前に戻れるわけではないのにな。
 ……そんなことを思って、まるで小説のように、本当に受験前に戻れる話ならいいのに。
 
 脳裏を“あの日の出来事“がよぎって、私は掛け布団を頭から被り直してベッドに縮こまった。

  ◇◇◇

 市で一番大きい公立中学校の正門前には、多くの人が集まっていた。
 『祝 卒業式』と大きく書かれた看板の前で卒業証書を手に持ち、記念写真を撮っている。

 お母さんはママ友さんと喋り始めて永遠に終わりがなさそうだったので、私はテキトーに歩いては見つける友達と写真を撮っては別れてを繰り返す。

 今日はいかにも卒業式のような天気で、春らしく柔らかい太陽の光が照りつけていた。

 ……卒業かぁ。

 私、小笠詩花は、眩しい光を手で遮りながら上を見上げる。

「なんだ?ロマンチックに誰かから告白でもされると思ってんの?」

 後ろから呆れたような声が降ってきて、私は瞬時に手を後ろで組んだ。

「何言ってんのよ。ほら、手なら後ろにあるじゃんか」
「目撃してるのにとぼけても無駄だぞ。詩花は昔から言い訳と嘘が下手だよなぁ」
「もう、何言ってんのよ。成長したし」

 勢いよく後ろを振り向くと、案の定、東谷琉真が立っていた。
 ズボンのポケットに手を突っ込んで、片足に重心を乗せてこちらを見つめている。

「琉真こそ、その気だるげな態度やめたらどう?」
「ふん、詩花は俺の母ちゃんか」

 琉真は三歳児の頃から付き合いのある、幼馴染。

 ……と言っても元はただの腐れ縁だった。

 私のお母さんと琉真のお母さんの仲が良くて、仕事を互いに調整して年に数回ランチに出掛けては三時間、四時間お喋りしてご満悦な表情で帰ってくる。

 彼のことを恋愛感情で見たことなんて、一度もなかった。ずっと当たり前に近くにいたから。

 ……だからなんで、終わりがけの中三で恋していることを自覚してしまったのかはわからない。

「……もう、これで最後なんだから。琉真は寮入っちゃうでしょ?」
「あぁ、そうだな。音楽の道に進むって決めたから」
「ねぇ、琉真。音楽の道に進んでもし失敗したら、とか思ったりしない?」
「思うけど、諦める理由になんかなんねぇよ。なんだ、俺の未来は見えないんじゃなかったのか」

 ……そう。私には昔から、人の未来が見えた。人生の大事な部分が、まるで映画のワンシーンのように頭の中に流れ込んでくるのだ。

 ただ、琉真は違った。私と違って”普通“ではない能力を持っているから。

「琉真には人の心の声が丸聞こえなんでしょ。いいね、幸せな声とか、クラスメイトの好きな人とか聞こえてきた?」
「俺は垂れ流すような人間じゃない」

 琉真の人の心の声が聞こえる力は異質で、私にはどうやら琉真の未来は見えなくて、琉真も、私の心の声は聞こえないらしい。

「それより。お前、昔『将来はギターで生きていきたい』とか言ってただろ。まだその気あんの?」
「……無理だよ。私は自分と琉真の未来が見えなくて……未来が読めなきゃ、何も見えない暗闇に放り込まれたのと同じなんだから」

 この時、私はそんなに気分は悪くなかった。琉真と喧嘩したことなんてなかったし、イライラしても好きな人とは喧嘩したくない。

 ——けれど次の言葉が、私の心奥深くに突き刺さった。

「ふーん。じゃあ、音楽進めばいいじゃんか。失敗したらその時はその時で。お前ビビリでもあるし、隠し事できないし、大学でバンドサークルかどっか入ってさ」


 ……さっき言ったはずなのに。『未来が見えないから怖い』と。
 待って、琉真は何も考えずに言葉を発したはず。だからそれに本気になるのはよくないし、ここで喧嘩に発展したら間違いなく直接仲直りなんてできない。

 ……何より琉真のことが好きなんだから、傷つけたくなんてない。

 それでも私は、気がつけば言い返していた。

「……知ったかぶり、しないでよ。私のこと、何にも知らないくせに」

 思いつく言葉を口に出せば出すほど、心の奥まで悔しさが染みいていくのが自分でもわかった。
 けれど止めることなんて、私はできない。止めない道を選んだから。

「音楽で失敗したら無職なんだよ⁉︎ 安定の道を進むのが最適でしょうが」
「は?俺は音楽が好きだから音楽に賭けたいって思ったんだよ。お前にどうこう言う権利ないだろ!」
「そんなこと言ったら私にどうこう言う権利なんてあんたにもないじゃん!」

 琉真の心には火がついたのか、どこか目の色が変わった気がした。

「お前、怖いから逃げんの?それこそダサすぎだろ。普段は人生の話とかしないけど、このままじゃお前永遠に新しいことできないって」

「そんなことわかってるよ!知ったかぶりして、私のこと何にも知らないクセに!音楽で失敗する未来が待ってるかもしれないのに、どうして夢なんか追うの⁉︎ 」

「……んなこと、中学生じゃなくて高校生で考えても間に合うじゃん。そもそも、入寮決まった今言われたって引けないだろ」

「人の心聞こえる能力持ちながら音楽活動してたって、売れないし、あんたの心が壊れるよ。未来見たんだから」

 ——琉真は私のことなんて何ひとつ知らずに言葉を発した。
 
 それは私の心の火がつく言動の一つだ。
 
 いいよね、人の心の声が聞こえれば、人に親身に寄り添えるもんね。
 好きだったはずなのに、そう羨ましがってしまう自分がいた。

 私の『未来が見える』っていうことの苦痛、知ればいいのに。

  ◇◇◇

 本当に、とんでもないことを言ってしまったと思う。琉真はあの後に複雑な表情をしてすぐに帰っていった。
 人気のない場所での喧嘩だったから、誰一人として私たちの喧嘩を知る人はいない。
 けれど二人の間には、ぽっかりと穴が空いてしまった。
 
 琉真のラインは現在ブロック中で、おそらく向こうも私がしてこなければ自らブロックしていただろう。……だがこれは流石にやり過ぎだろうか。もはや自分が何をしたいのかわからない。

 あぁ、明日から高校生活が始まるのか。

 憂鬱な気分で、私はベッドに寝転がった。