月鏡の花嫁 ―婚約破棄された双子の姉は、地縛霊に陥れられた末、皇子の花嫁になる―


「あ、あれ?」
 何も起こらない。


「無駄です」
 月人が静かに告げた。

「貴方の霊能力は、封じさせていただきました」
「そ、そんな……!」
「人を救うために授かった特別な力を、人を傷つけるために乱用する」
 月人の表情は静かだった。
「決して許されることではありません」
「……」
「霊能力は、人を救うために使うもの」
 月人は琴子を見る。
「やはり、この力は琴子様が使われるのが一番ふさわしい」
「月人……」


    *

 しばらくして。
 月人は、先ほど小夜子が消えた場所へ視線を向けた。

「先ほどの地縛霊の方」
「……小夜子?」
「貴方を陥れたようにも見えました」
「……」
「でも同時に、貴方を心から信頼していたのだと思います」
「え?」
「貴方を守りたいという気持ちは、本物だったのでしょう」
「……」
「ですが、貴方の幸せを奪ってまでそばに置こうとした。それは、正しい愛し方ではありません」
「……小夜子」

 彼女のしたことが正しかったのか。
 琴子にはわからない。
 いや。
 きっと、正しくはなかった。
 それでも。

 今の幸せへ辿り着けたのは、小夜子が琴子と遼が結ばれるのを止めたからでもある。
 その結果、琴子は本来の力を取り戻した。

「遼のご両親は、本当にいい方たちだったのに」
「はい」
「どうして遼は、あんなふうになったのかしら」
「親ですら、どうにもできないことはあります」
「そうよね」
「悪いのは、彼の地頭です」
 月人は、真顔で言い放つ。

「ちょっと」
「はい?」
「言い方」
「間違っていましたか?」
「いや……むしろド正解だけど」
「では、問題ありません」
「あなた、霊能力より切れ味抜群な言葉を放つわね」
「おかしいですか?」
「ううん」
 琴子は笑った。
「頼もしいなって」
「はい」
 月人も、ほんの少しだけ笑った。

   *

 明日。
 二人は夫婦になる。

 琴子は、静かに空を見上げた。
 もう、小夜子の姿はない。

 けれど。

 あの日。
 崖から自分を引き戻してくれた腕の温かさだけは、今でも覚えている。

「琴ちゃん」
「え……」
「呼んでみただけ」
「いきなり素にならないでよ。びっくりするじゃない」
「どっちが良い?」
「……今」
「じゃあ、このままにする」
 月人は、琴子を背後から抱きしめた。

「琴ちゃん」
 そして、もう一度呼ぶ。
「何?」
「明日まで、待てそうにないな」
「え、何が――」
「好き」
 そう言って、琴子の頬にキスをした。
「……」
「ずっと、僕のそばにいて」
「……うん」

 明日は、満月。
 その前夜、二人は甘い口づけを交わし――互いの想いを確かめ合った。
  
 あの日、五つの約束をくれた人は――
 この先もずっと、数えきれないほどの約束を守ってくれるのだろう。
 琴子は今、月人の腕の中にいる。

 とても温かい。
 ここは、私がいていい場所。
 ようやく、見つけた。
 私の、帰る場所。

 琴子は、もう一度空を見上げた。


 ――私を陥れてくれた、優しい地縛霊へ。

 今度こそ。
 誰かを奪うことも。
 誰かに奪われることもなく。

 次の人生では、どうか。

 あなた自身を大切にしてくれる人と、幸せなご縁に出会えますように。

 琴子は、静かに祈った。