月鏡の花嫁 ―婚約破棄された双子の姉は、地縛霊に陥れられた末、皇子の花嫁になる―


「俺は……やり直せないなんて言ってない。今なら、お前にも力があるんだろ?」
「必要ないわ」
「え?」
 琴子は冷たく言い放った。

「力があるかどうかなんて関係ない。あなた自身を、もう信じられないの」
「そ、それは……俺の力がなくなったからか?」
 遼の顔が歪む。

「お前だって同じだっただろ! 俺が力を失った途端に見下しやがって!」
「どの口が言ってるの?」
「……!」
「何なら、あなたも消すわよ。存在ごと」
「そ、それは霊にしか効かないだろう!」
「似たようなものでしょう」
「や、やめろ……」
 絃子が、琴子の手にある弓を見つめた。

「琴子……あんた、その矢……」
「私は、霊力がなかったわけじゃなかったの」
「え?」
「殲滅の力は強すぎて、幼い身体では制御できなかった。だから成人後、神官家の神器による守護を得てから、封印を解く予定だったの」
「その神器は……」
 遼が息を呑む。

「あなたのご両親がくださったの」
「え?」
「本当は、あなたと結婚したあとに私の力を解放する予定だったそうよ」
「だったら!」
 遼が一歩近づく。

「今からでも――」
「もう遅いわ」
「な、何で……」
「あなたがいなくても、私は私だから」
「……」
「これは、あなたのご両親がせめてもの償いにと、私に授けてくださったもの」
 琴子は静かに告げる。


「もう、あなたに私の価値を決めてもらう必要はないの」
「そんなの……おかしいだろ」
「まだ続けるの?」
「……」

 小夜子が、震える声で言った。
「琴子……」
「……」
「あたし、あなたと離れたくなくて……」
「小夜子」
「琴子なら、あたしの苦しみをわかってくれると思ってた」
「……」
「またひとりになるのが、怖かったの」
 琴子は、しばらく黙っていた。

 そして。
「ありがとう、小夜子」
「え?」
「でも、もう一緒にはいられない」
「何で……?」
「どんな理由があっても」
 琴子は、真っ直ぐ小夜子を見つめた。

「誰かが幸せになろうとするのを邪魔する人とは……そばにいたくない」
「……」

「あなたはもう、充分に苦しんだ」
「琴子……」
「だからもう、誰も憎まないで」
「……」
「これで終わりにしましょう」
「嫌……」
 小夜子が後ずさる。

「琴子、嫌……」
「……」
「あたし、まだ消えたくない!」
 涙が、小夜子の頬を伝った。

「ひとりにしないで!」
 琴子の目にも涙が浮かぶ。

「さようなら、小夜子」
「琴子!」
 弦が鳴った。
「いやあああああっ!」


 殲滅の矢。
 光が小夜子を包み込む。
 そして――。
 小夜子の姿は、無数の光の粒となって消えていった。


「……小夜子」

 琴子は、消えていく光へそっと手を伸ばした。
 けれど。
 もう、その手が小夜子に触れることはなかった。

   *