月鏡の花嫁 ―婚約破棄された双子の姉は、地縛霊に陥れられた末、皇子の花嫁になる―

  
 そして、さらに数ヶ月後。

 琴子の前に、小夜子が現れた。
「小夜子……」
「琴子。月人ってやつと結婚するのは、やめた方が良いわ」
 小夜子は続ける。
「噂をすれば、来たわね」
「……」

 遠目には、醜く言い争う遼と絃子がいた。
「お前が余計なことしなければ、俺は琴子と結婚できたのに。力も、奪われなくて済んだのに! 全部、お前のせいだ!」
「それはあんたの節操のなさが原因でしょ! 私はむしろ被害者だわ! そもそも、あれはあの女の悪霊が私に憑依して勝手にやったことよ。こんな無能な男に孕まされるなんて……一生の不覚だわ」
「何だと!?」
 互いを罵り合う二人を遠目に、小夜子は嘲笑気味に言った。
「はあ、馬鹿な男に馬鹿な女。あんなやつのために、琴子は傷つく必要なんてないわ」
「……」

 琴子と遼の視線が合った。
 遼が近づいてくる。
「ちょっと、どこ行くのよ!」
 絃子が叫び、後を追う。
「あ……」
 絃子が、琴子の存在に気づいた。
 そして、小夜子にも。
「あんた、よくも……」
「何のこと?」
「とぼけないで! 私……こんなやつの子ども孕んじゃったのよ! どうしてくれるのよ!」
「こんなやつ?」
「?」
「あんたが望んだんじゃないの。彼とそうなりたいって」
「そ、それは……! そんなの、今は関係ないでしょ!」
「今は? じゃあ、以前は良かったのよね? その男が。欲しくてたまらなかったんでしょう」
「だ、だから……」
「琴子の婚約も破棄できる。そして、この男はもう我慢の限界だった。またとないチャンスよね」
「!!」
「ねえ、そこの無能な男」
 小夜子は遼に詰め寄る。

「琴子は婚約者だけど、夫婦になるまでは絶対にしないって言うから……溜まってたのよね?」
「お、お前に関係ないだろ」
「あら。関係ない?」
「な、何だよ」
「この女が言ったこと、忘れちゃった?」
「……」
「『あの女の悪霊が、私に取り憑いて勝手にやったこと』って」
「!?」
「これでも無関係って言えるかしら?」
「お、お前の……仕業だったのか。全部」
「だったら、何?」
 小夜子は冷たく言い放つ。

「そもそも、婚約者がいるのに。他の女と寝るなんて、クズ過ぎない?」
「……」
「本当に頭の悪い男ね。琴子、結婚しなくて正解ね」
「あ、あんた……さっきから好き放題言いまくって。何がしたいのよ!」
「あら、まだいたの? あんたも馬鹿な女よね。むしろ、馬鹿同士でちょうどいいんじゃない?」
「……」
「あたしには、かえって都合のいい話だわ。琴子を不幸にしなくて済んだんだもの」
「この、悪霊が……」
「その悪霊にそそのかされて、馬鹿な男の子を孕んだのは誰?」
「……うるさい!」
「琴子を傷つけるやつは、許さないわ。誰であろうと」
「殺してやる!」
「あっはははは! あたしもう死んでるんだけど。本当馬鹿だわ。ああ、おかしい」
 高笑いを続ける小夜子。

「ねえ、琴子」
「……」
「こんな奴ら放っておいて、あたしと――」
 その言葉は、最後まで続かなかった。



 光の矢が。

 小夜子の身体を貫いた。


「……え?」


 静寂。


 小夜子が、ゆっくり振り返る。

 そこに立っていたのは――琴子だった。
   
 その手には、白銀の弓。
 纏う光は、この世の邪なるものを滅ぼす力。
 邪気だけを滅ぼし、魂を輪廻へ送り返す力。

 ――殲滅の矢。

 悪霊や地縛霊を浄化し、この世への執着を断ち切る、選ばれた者だけが継承できる霊能力。


「琴子……」
 小夜子の声が震えた。
「どうして……?」
「小夜子」
 琴子は静かに彼女を見つめた。

「あなたは、私の味方をするように見せかけて……私を陥れた」
「違う。あたしはただ――」
「あなた、生前……婚約者を親友に奪われたのよね?」
「そ、それが何よ」
「私に婚約者がいるって知ってから……あなたの様子がおかしくなった」
「……何のこと?」
「私が結婚するのが、嫌だった?」
「……」
 答えはなかった。

「小夜子」
「……」
「私は、あなたに感謝しているの」
「え?」
「こんなクズと結婚しなくて済んだから」
「ちょ、待てよ!」
 遼が慌てて割って入る。