月鏡の花嫁 ―婚約破棄された双子の姉は、地縛霊に陥れられた末、皇子の花嫁になる―



 数日後。

「琴子ちゃん、本当に……ごめんなさい」
 遼の母が涙ながらに頭を下げた。
「うちの愚息がやったことは、決して許されることではない」
 遼の父までが、琴子に深々と謝罪の意を伝えた。
「いえ。お二人には、とてもよくしていただいたので」
「これは、せめてもの償いだ」
「これは……遼の――」
 遼の持っていた神器。
「あなたは、霊力がないことで……家族にまでひどく冷遇されていたようね」
「それは……仕方のないことです」
「違うんだ」
「え?」
「あなたに、話しておかないといけないことがあるの」
「え?」

 遼の母は、神器に手をかざして祝詞を詠唱した。
「この者に、数多の祝福を――封印されし聖なる力、今ここに、解放せん」
 神器が光を放ち、琴子を包む。
「な、何?」

 みなぎる力。
 その手から、光が溢れ出す。

「この力は……」

「あなたの、本来の力よ」

「私の、力?」

「君は、霊力がなかったわけじゃない。強すぎて、制御できなかった。だから、君が大人になるまで封印していたんだ」
 知られざる真実。

 封印の事実を知るのは、神器を預かる神官家の当主夫妻だけだった。琴子自身の家族にも、暴走を防ぐため真実は伏せられていた。

 未だに信じがたい。でも、今までにない力が全身をほとばしる。その感覚が、夢でも幻でもないのが琴子にはわかった。

「本来なら、遼との祝言の際にこの力を解放するはずだった。でも、あんなことになってしまって……本当に、ごめんなさい」
 神器は形を変え、琴子の左腕にはまった。

「そして、もう一つ」
「はい」
「あなたに、紹介したい人がいるの」
「え?」
「とても素敵な人がいるんだけど、会ってみない?」
「あの、それは……?」
 微かな物音に、琴子は後を振り返る。
「あなたが、琴子様ですか?」

 祭司の衣装を纏った青年。
 目を引くほどの、神秘的で涼やかな目元。銀糸のような美しい髪。
「あなたは……?」
「私は、月人(つきと)と申します」
 月人は一礼をする。流れるような所作が、非常に美しい。

「彼は、私の兄上――大神官様の第三皇子。神器・月鏡の継承者だ」
「大神官様って、え!」

 この国を統べる者――その方の、ご子息様?

 ということは。

「琴子ちゃん」
「はい」
「彼は、とても頼りになる方よ」
「あの、それって……」
「うちの愚息など、足下にも及ばんくらい素晴らしい青年だ。私の甥にあたるが、非常に聡明で、正義感も強い」
「彼なら、あなたを世界一幸せにしてくれるはずよ」
 琴子は、ようやく二人が何を言いたいのか悟った。

「琴子様」
「はい」
「私は、貴方よりも歳が下なので、そんなにかしこまらなくても良いですよ」
「でも……大神官様の」
「月人とお呼びください」
「月人、様」
「敬称もいりません」
「そんな、失礼なことは――」
「私がそう呼んでほしいと言っているのですから、遠慮なさらなくて大丈夫です」
「……」
「何か?」
「じゃあ、私のことも。敬称はなしでお願いします」
「それはできません」
「何で!?」
「そう、それでいいんです」
「え」
「そのままの。貴方がいい」
 月人は、真っ直ぐに琴子を見つめる。
「あ、あの。何か?」
「なるほど。見れば見るほど、お美しい」
「!」
「叔父上の仰る通り――貴方は慈愛に満ちた光をお持ちのようだ」
「……」
「琴子様さえよろしければ、ですが」
「はい」
「琴子様さえよろしければ、私とこれから縁を結ぶことを考えていただけませんか?」
「わ、私が……?」
「はい」
「私で、いいんですか?」
「琴子様がいいんです」
「ど、どうして私を……?」
「貴方が琴子様であること以上に、必要な理由がありますか?」

 月人は、琴子の手を取る。

「貴方に、悲しい思いはさせません」
 月人の言葉を、琴子は心の中で一つずつ数えた。
 まず、一つ。
「この先、何があっても、貴方を全力でお守りします」
 二つ。
「何があっても、貴方のそばにいます」
 三つ。
「貴方と共に、生きていきたい」
 四つ。

――この人は、いくつ約束をくれるのだろう。

「……」
「ダメ、ですか?」
「……いいえ」
 その瞬間、月人が琴子の身体を引き寄せた。
「!」
 気づけば、琴子は月人の腕の中にいた。

「やった」
 子どものように、喜ぶ月人。
 先ほどの畏まった様子はない。
「ちょ、ちょっと……離して――」
「嫌だ」
「……え」
「もう約束したから」
「な、何を?」
「ずっと、そばにいるって」
「あ……」

 そして。
「世界一、幸せにするから」
 (五つ目――)
 月人は、その約束の直後。
 琴子の頬にキスをした。

「ちょ、ちょっと……」
「はい、琴子様」
「もう戻ってるし……」


 ちょっと変わった人だけど、不思議と嫌ではなかった。
 むしろ――こういう人なら、そばにいてもいいのかもしれない。
 琴子は、密かにそう思った。

 その後、何度か顔を合わせるうちに、二人は正式に婚約した。