遼の両親は、琴子を実の娘のように可愛がっていた。
当然、琴子が嫁いでくるものだと思っていた。
ところがある日。
遼は両親に告げた。
「琴子との婚約は破棄した」
「……何?」
「琴子には霊能力がない。神官の家に嫁ぐには相応しくない」
遼の父親は、眉をひそめた。
「誰がそんなことを決めた」
「え?」
「私たちは、琴子ちゃんに霊能力がなくても受け入れるつもりだった」
母親も静かに頷く。
むしろ両親が懸念していたのは、妹の絃子だった。
力は強い。
だが、高慢で他者への思いやりに欠けている。
同じ顔をしていても、琴子とはまるで違った。
それでも遼は、さらに信じ難いことを告げた。
「じゃあ、俺はやっぱり琴子と結婚する」
「……は?」
「ほら。こっちが琴子だ」
遼の隣には、絃子が立っていた。
「……」
「それと、子どももできた」
両親の表情が変わった。
喜びではない。
警戒。
「あなた」
母親が低く呟く。
「この子……琴子ちゃんじゃないわ」
「何言ってるんだ、母さん。彼女は琴子だよ」
「いや」
父親が立ち上がる。
「絃子ちゃんですらない」
「え?」
「遼。この女から離れろ」
「何だよ、急に」
「とんでもないものが取り憑いている」
母親も青ざめながら言った。
「……邪悪なものよ」
「な、何を言って――」
その瞬間。
絃子の口元が、不自然に歪んだ。
「琴子は……渡さない……」
「……え?」
黒い靄が、絃子の身体から立ち上る。
やがて、それは人の形を取り始めた。
小夜子。
その姿が完全に現れると同時に、絃子は床へ崩れ落ちた。
「な……」
遼が後ずさる。
小夜子は楽しそうに笑った。
「霊力だけの無能な女」
床に倒れた絃子を見下ろす。
「それにしても、あんたも馬鹿よね」
今度は遼へ視線を向けた。
「あたしがちょっとそそのかしただけで、簡単にこの女のこと抱くんだもの」
「な……」
「琴子のこと、霊能力がないってだけで捨てるなんて」
「違……」
「違わないでしょ?」
「……」
「でも、むしろ都合がいいわ」
小夜子は笑う。
「これで琴子は、あたしだけのもの」
「遼!」
父親の怒声が響いた。
「お前……なんてことをした」
「琴子ちゃんを裏切ったうえに、絃子ちゃんとこんなことまで……」
「違う! 俺は、この女に――」
「汚らわしい!」
「うわっ!」
強い霊圧が、遼を吹き飛ばした。
「お前とは、今日限りで縁を切る」
「父さん!?」
「神官として、人として、信義を踏みにじるような真似をした者に、この家を継がせることはできん!」
神官家に代々伝わる神器が、父親の手によって遼から取り上げられる。
「ま、待てよ。それじゃ俺は……」
「少しは、琴子ちゃんの気持ちを考えなさい」
「母さん……」
次の瞬間。
遼の身体から、霊力が消えた。
「そんな……」
「う……ん」
床に倒れていた絃子が目を覚ます。
「痛い……」
「絃子……」
「あんた……」
絃子は遼を睨みつけた。
「私を孕ませといて……何、能力まで剥奪されてんの?」
「……」
「琴子のこと、言えないじゃん」
「それは、お前が――」
「私のせいだって言うの?」
「だ、だってそうだろ! お前が俺を誘惑するから!」
「は?」
絃子の顔が引きつる。
「誘惑されて、すぐ寝る時点で終わってんのよ。この無能が」
「……やっぱり、お前は性格悪いな」
「はあ?」
「琴子の方が、遥かにマシだった」
「ああそう!」
絃子が叫ぶ。
「じゃあ琴子のところに行けば!?」
「お前、その腹の子はどうするつもりだ」
「それ、あんたが言うの?」
「……」
「この子のことは、私が決める。あんたに指図されたくない」
「この……!」
「あはははは!」
小夜子が腹を抱えて笑った。
「醜い、醜いわ!」
そして。
「これで、琴子はあたしだけのもの……」
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