月鏡の花嫁 ―婚約破棄された双子の姉は、地縛霊に陥れられた末、皇子の花嫁になる―

 霊能力者の名家に生まれながら、双子の姉・琴子には、霊能力がまったくなかった。
 一方、双子の妹・絃子(いとこ)は幼い頃から絶大な力を持ち、周囲から神童ともてはやされてきた。

「どうして、私だけ……」
 霊能力が使えない琴子には、悪霊が近づいてきても気づくことさえできない。
「お前は、本当に使えないね。姉のくせに」
「妹の絃子の方が、よほど跡継ぎに相応しいよ」

 同じ顔。
 同じ日に生まれた姉妹。
 それなのに、扱いはまるで違った。

「琴子って、本当に何もできないのね」
 絃子は、ことあるごとに琴子を見下した。
 家族もまた、それを咎めようとはしない。
 いつしか琴子は、自分の家に居場所を失っていた。
「私は……無能……」
 家族から蔑まれるたびに、琴子は深く傷つき、ひとり涙した。

   *

 ある日。
 琴子は、断崖絶壁へと続く岩場に立っていた。
 足元はひどく不安定だった。
 一歩踏み外せば、そのまま遥か下の海へ落ちていく。

「ここから飛び降りれば……死ねる……」

 目を閉じる。
 もう、何も考えたくなかった。
 一歩。
 また一歩。
 崖の縁へ近づいていく。

 同じ血を引いているはずなのに。
 自分だけが、何も持っていない。


「私を必要とする人なんて……誰もいない……」

 一歩、一歩。
 死へ近づくように。
 何かに引き寄せられるように。
 琴子は不安定な岩場を踏みしめながら、崖の先へ進んでいった。


「何してるの!」
 突然、強い力で腕を引かれた。

 聞き覚えのある声。
「……小夜子」

 今の琴子にとって――一番、温かな声だった。
 けれどその声は、今にも泣き出しそうに震えている。
「琴子、まさか……」
 小夜子の顔が青ざめる。
「お願い……死なせて……」
「馬鹿!」
 次の瞬間、琴子は強く抱きしめられていた。
 小夜子に抱きしめられると、不思議と胸の奥が温かくなった。
 それがなぜなのか。
 その時の琴子には、まだわからなかった。

「……死なせて」
「死なせるわけないでしょ!」
「私は、もう――」
「あんたが死んだら……」
 小夜子の声が震える。

「あたしが、ひとりぼっちになるじゃない……」
「小夜子……」
 揺れる瞳。

 それでも小夜子は、真っ直ぐ琴子を見つめていた。
「死ぬなんて、絶対にダメ。あたしが許さない」
「……ごめんなさい」
 琴子は、小夜子の胸元で静かに泣いた。
「琴子には、あたしがいるわ」

   *

「霊能力がなくたって、琴子は素敵よ」
「ありがとう」
 小夜子だけは、いつも琴子を肯定してくれた。
 そんな琴子には、幼い頃から決められた許嫁がいた。

 代々神官を務める家系の一人息子――遼。
 琴子もまた、いつか遼のもとへ嫁ぐのだと思っていた。
 けれど。

 琴子に霊能力がないと知った途端、遼はあっさり婚約を破棄した。
 そして、新たな婚約者として選んだのは――妹の絃子。
 しかも絃子は、すでに遼の子を身籠っていた。

 琴子が絶望の淵にいる間も、小夜子だけはそばにいてくれた。
「大丈夫よ。琴子には、あたしがいるから」
「……小夜子」
「あたしがずっと、そばにいる」
 その言葉を。
 琴子は、友情だと信じていた。

   *