かつて「ブタ皇子」と蔑まれた落ちこぼれ幼馴染が、十年後に仮面のスパダリ易術師となって帰ってきました 〜私だけにみせる甘い素顔に翻弄されています〜

 翌朝、私は生まれて初めて正殿の床を踏んだ。
 ゆうべはほとんど眠れなかった。目を閉じると、手のひらを叩かれた感触と「その名は、二人きりのときだけに」というささやきがよみがえる。そのたびに寝返りを打っては、死んだ人が戻ってくるはずはないと自分に言い聞かせる。夜明け前に起きだして一張羅の上衣に袖を通したものの、鏡に映った顔は寝不足でひどく青白かった。正殿へ向かう回廊を歩きながら、女官長は前を向いたまま一度だけ口を開いた。
「帝の御前では、問われたことにだけお答えなさい。余計な口をきけば、首がいくつあっても足りませんよ」
 帝の謁見の間は、蔵書楼が丸ごと収まってしまいそうなほど天井が高い。朱塗りの柱が左右に並び、磨きこまれた石の床には高窓から差しこむ光が帯になって落ちている。女官長に背中を押されるようにして、私は列の末席に膝をついた。易術師の願い出を聞き洩らさず覚えておくようにと言いつけられただけで、墨も筆も持たされてはいない。
 頭を低く垂れたまま、私は上目づかいに玉座をうかがった。帝のお姿を拝むのは初めてで、遠目にも髭に白いものが混じり、肩のあたりに深い疲れがにじんでいるのがわかる。十年前に息子を北の果てへ送ったのも、この方なのだ。
「易術師、月白。前へ」
 侍従の声に応えて、月白が進みでる。昨日と同じ黒衣に銀の仮面をつけ、帝の前に膝をついても背筋の線はわずかも崩れない。
「卦を立てるにあたり、二つお願いの儀がございます」
 広い間の隅々まで、低くよく通る声が響きわたる。
「申してみよ」
「一つは、後宮の記録に通じた者を手もとに置かせていただきたく存じます。易とは、天の兆しと地の出来事を照らしあわせて読むもの。過ぎた出来事を知らぬまま、先の卦は立てられません」
「心当たりがあるのか」
「蔵書楼の文官に、小夜という者がおります。十年分の記録を、残らず頭に入れている者です」
 自分の名前が玉座の前に響いた瞬間、床についた指先から血の気が引いていった。まわりの列で、ざわりと衣擦れの音が起こる。
「小夜とやら、面を上げよ」
 帝の声に、私はこわごわ顔を上げた。
「残らず、とな。では問う。三年前、后妃を集めた中秋の宴に南の州から献じられた酒は、何樽であった」
「十二樽でございます。そのうち二樽は道中で割れ、宴の席に出されたのは十樽でした」
 口にしてしまってから、問われたことにだけ答えよという女官長の言葉を思い出して、私は思わず唇をかんだ。けれど帝は咎めるどころか、ふっと息をもらすように笑った。
「割れた樽のことまで覚えておるか。よかろう。その者を易術師付きの専属文官とする」
「もう一つ。卦を立てるには、後宮の気の流れを見て回る必要がございます。どの宮の門もくぐれるよう、お許しをいただきたい」
 帝は月白の仮面をじっと見つめてから、侍従に目で合図をした。運ばれてきた盆の上には、白玉に鳳凰を彫りこんだ牌がのっている。
「通行の玉牌だ。これを見せれば、後宮のどの門も開く」
 月白は両手で玉牌を受けとり、深く頭を下げた。身を起こす拍子に、仮面の視線がほんの一瞬だけ帝の上にとどまった気がする。
 謁見の間を下がると、女官長は回廊の角で足を止めて、私をじろりと見下ろした。
「問われたことにだけ答えなさいと、言ったはずですよ」
「申し訳ございません……」
「帝の御前で、割れた樽の行方まで申しあげるなんて。あきれた子だこと」
 まだお小言が続くのかと身を縮めていると、女官長は扇の陰でかすかに口の端を上げた。亡くなった母とは同じ年に後宮へ上がった仲だと、いつか聞いたことがある。
 昼を過ぎるころには、話はもう後宮じゅうに広まっていた。
 自分の文箱を取りに蔵書楼へ戻ると、明鈴が階段を転がるような勢いで駆けあがってくる。
「小夜! 月白様の専属になったって、本当なの?」
「本当みたい。私にもよくわからないんだけど」
「わからないって何よ、ずるい! どうして紙魚の小夜なの。私なんて、昨日から三回も西の離れの前を通ったのに!」
 明鈴は私の肩をつかんで揺さぶり、それから急に真顔になって声をひそめた。
「……ねえ、仮面の下、見たら教えてね」
 階段の下からは、ほかの詰所の女官たちまでが首を伸ばしてこちらをのぞいている。昨日まで私の名前さえ覚えていなかったはずの顔ぶれだ。紙魚の私が、後宮じゅうの女たちが焦がれる易術師の専属になる。自分のことなのに、まるで他人の噂を聞いているようで、胸の奥がそわそわと落ちつかなかった。
 西の離れの易術の間では、月白が昨日と同じように文机の向こうに座っていた。屏風の陰にはやはり侍従が控えていて、私は言いつけられたとおり、十年分の書付を年ごとに分けて棚へ移していく。
 月白は藍の綴りを繰りながら、ときおり短く問いを投げてくる。どの宮で誰が病に伏したか、どの年にどの妃が里へ下がったか。答えるたびに「次」とだけ返され、褒め言葉はおろか、相槌ひとつもらえない。
 最後の綴りを差しこもうとしたとき、あいだに挟まっていた一枚の紙が指からはらりと滑り落ちた。慌てて拾いあげる私に、月白は感情のない一瞥を投げた。
「私の文官は、指まで地味だな」
 屏風の陰で、侍従が笑いをかみ殺す気配がした。頬がかっと熱くなる。昨日の合図もあのささやきも、寝不足の頭が見せた夢だったのだろうか。
「下がっていい。用があれば呼ぶ」
 月白の一言で侍従が出ていき、戸の閉まる音が部屋に響いた。
 足音が廊下の向こうへ消えるのを待ってから、月白は銀の仮面の紐に指をかける。結び目がほどけ、仮面が文机の上に置かれた。
 その顔を見た瞬間、私は拾ったばかりの紙をまた取り落としそうになった。
 切れ長の目にすっと通った鼻筋が並び、燭台の火を受けた白い頬に長い睫毛の影が落ちている。都いちばんの絵師でも、これほど整った顔は描けないに違いない。どこを探しても、丸々とした頬をしたあの子の面影は見つからなかった。それなのに、こちらを見つめる目の奥だけは、屋根裏で私を見上げていたころのままだった。
「……煌月様、なのですか」
「その呼び方、昔と変わらないんだね」
 さっきまでの冷ややかな声とは別人のような、柔らかい響きだった。素顔の唇が、ふっとほころぶ。月白は、いや煌月様は文机を回りこんで、ゆっくりと私のほうへ歩いてくる。
「生きて、いらしたのですね。山崩れで亡くなったと聞いて、私……」
「死んだことにしておいたほうが、都合がよかったんだ」
 煌月様はこともなげに言って、それから私の顔をのぞきこむ。
「小夜は、まだ団子を作っているの?」
「……いいえ。もう、ずっと」
 あなたが死んだと聞いた夜に、作らないと決めたから。その言葉は喉の奥で詰まって、声にならなかった。
 一歩近づかれるたびに、私は一歩さがる。三歩目で、背中が棚の脇の壁に当たった。逃げ場を探して横を向いた瞬間、顔のすぐ脇に煌月様の腕がつかれる。袖越しにもわかるほど、その腕は硬く張りつめていた。
「小夜」
 見下ろしてくる顔が、息のかかるほど近い。昔は私のほうが背が高かったのに、いまは首を反らさなければ目を合わせることさえできなかった。
「僕を『丸くて可愛い』と言ったのは、君だけだよ」
 低い声が、耳のすぐそばで笑う。
「……大人になった僕に、翻弄される覚悟はある?」
「か、からかわないでください」
「からかってなんかいないよ。顔、真っ赤だけど」
 甘い吐息が、耳たぶをくすぐる。昔はすぐに顔を赤くするのはこの方のほうで、私はそれを見て笑う側だったはずだ。
 ふわりと、乾いた薬草と白檀の香りが鼻をかすめる。屋根裏でいつも胡麻と埃の匂いをさせていた子とは、匂いまで違っていた。心臓が、喉から飛びだしそうなほど跳ねる。雷鳴が轟くと私の袖にしがみついていた子が、いまは私を壁際に追いつめて、余裕たっぷりに笑っている。泣き虫の皇子様をなぐさめるのは、ずっと私の役目だったはずなのに。
「ど、どうして戻ってらしたのですか。死んだことにしておけば都合がよかったのなら、なおさら……」
 精いっぱいの声で尋ねると、煌月様は壁から手を離して一歩さがった。
「君に会いに来た」
 あまりにもまっすぐな言葉に、胸の奥で何かがほどけかけた。けれど同時に、十年分の涙が喉もとまでせりあがってくる。
「……生きていらしたのなら、どうして一言でも知らせてくださらなかったのですか。私、本当に、死んでしまわれたのだと思って」
 声が震えて、最後まで言えなかった。煌月様の笑みがすっと消え、長い睫毛が伏せられる。
「ごめん。知らせれば、君まで危ない目に遭わせることになったんだ」
 それ以上は語ろうとせず、煌月様は文机の上の仮面を手に取った。危ない目、という言葉が耳に残る。君に会いに来たというあの一言は、きっと嘘ではない。それでも、それがすべてだとは、私にはどうしても思えない。
「明日からは、毎朝ここへ来るように。……専属文官殿」
 仮面をつけ直した顔は、もう冷ややかな易術師のものに戻っている。けれど紐を結ぶその指先が震えていたのを、私は見逃さなかった。
 西の離れを出ると、回廊の向こうに夕日が沈みかけていた。右の手のひらを胸の前で握りしめると、ゆうべから消えない感触が、そこにまだ残っている。生きていた。あの子は、生きていたのだ。蔵書楼へ戻る足は、いつのまにか小走りになっていた。
 それから毎朝、私は前の日に頼まれた記録をそろえて西の離れへ通った。
 侍従がいるうちの月白は相変わらず冷ややかで、私が戸口に姿を見せただけで「遅い」と言い捨てる。それでいて、すぐに侍従を下がらせてしまう。戸が閉まれば、仮面を外した煌月様が文机に頬杖をついて、私の持ってきた記録を一枚ずつ読んでいく。読みはじめる前に、決まって熱い茶を一杯、私の前に置いてくれる。蔵書楼の冷えた指のままでは筆が鈍るだろうと言って、私が湯呑みを両手で包むのを見届けてからでないと、書付に手をつけようとしないのだ。尋ねられるのはいつも十年前のことで、どの宮に誰が出入りしたか、どの夜に医官が召されたかといった細かな話ばかりだった。
「易のために、そこまで古い記録が要るのですか」
「要るよ。気の流れは、昔から続いているものだからね」
 そう答えて、煌月様は次の頁をめくる。それ以上は聞かないでくれと言われたような気がして、口をつぐむしかなかった。
 専属文官になって四日目の朝、私は夜明け前の詰所で竈に火を入れた。
 茹であげた白い団子をざるに上げ、すり鉢で黒胡麻を当たっていく。胡麻の香りが立ちのぼってきたところで蜂蜜を垂らし、木べらでとろりとした餡に練りあげる。あの噂の夜以来だというのに、母に教わった手順を指がひとつも忘れていなかった。
 二度と団子は作らないと誓ったのに、と鍋をかき混ぜながら思う。まだ団子を作っているのかと尋ねられたあの声が、どうしても耳から離れなかったのだ。湯気の向こうに、竈の前で私の手を取って餡の練り方を教えてくれた母の横顔が浮かんでくる。母が生きていたら、その団子を誰に食べさせるつもりなのかと、きっと笑って尋ねただろう。
「いい匂い! なになに、誰にあげるの?」
 朝番で早めに出てきた明鈴が、鼻をひくつかせながら戸口から入ってきた。
「易術師様のお茶請けよ。書付を読むあいだ、何か甘いものがあったほうがいいでしょう」
「お茶請けに手作りの団子? 小夜、地味な顔して案外やるじゃない。……でも、あの冷たい易術師様が甘いものなんて召しあがるの?」
 私が素知らぬ顔で「さあ」とだけ答えると、彼女はにやにやしながら皿の端の一つをつまみあげ、止める間もなく口に放りこんだ。「おいしい!」と目を丸くする明鈴を残して、私は詰所を飛びだした。十年前に渡せなかったのと同じ紙の包みを、今度こそ届けられるようにと胸に抱えて。
 侍従が出ていくなり、私は文机の上で包みを開く。
 仮面を外しかけていた煌月様の手が、ぴたりと止まった。
「これ! ずっと食べたかったんだ!」
 さっきまで書付をにらんでいた切れ長の目が、子どものように輝いている。煌月様は両手に一つずつ団子をつかむと、ためらいもなく二つまとめて口に押しこんだ。
「そ、そんなに一度に入れたら……」
 言い終わらないうちに、煌月様の喉がぐっと詰まった。胸を押さえて目を白黒させるその背中を、私は慌てて叩く。湯呑みを差しだすと、煌月様はそれをひったくるように受けとって一気にあおり、勢いあまって肘で硯をひっくり返した。
 黒い墨が文机いっぱいに広がり、袖口から頬にまで飛び散る。
「ああっ、書付が!」
「書付より、ご自分の顔を心配してください!」
 二人がかりで書付と団子の包みを避難させ、手ぬぐいで机を拭いていると、煌月様がふいに私の手首をつかんだ。
「小夜、手は? 墨で汚れてない?」
 自分の顔は墨だらけのくせに、真っ先に私の指先を裏返して確かめている。何ともありませんと答えると、煌月様はようやくほっとしたように手を放した。私は手ぬぐいを握りなおし、その頬に飛んだ墨をぬぐう。近くで見ると睫毛まで黒い滴で濡れていて、帝の前で背筋ひとつ崩さなかった易術師と同じ人だとは、とても思えなかった。
「……十年のあいだ、この味を何度も思い出したんだ。山の修行がきつくて投げだしたくなるたびに、屋根裏で食べた団子のことを考えた」
 墨の取れた頬で、煌月様は照れたように笑う。山の修行という一言のほかに、どこでどんな十年を過ごしてきたのかを、この方はまだ話してくれない。それでも、屋根裏の団子を忘れずにいてくれたというだけで、胸がいっぱいになった。
 気づけば、言葉が口からこぼれていた。
「かっこよく、なりましたね」
 煌月様が固まった。
 白い頬にみるみる血がのぼり、首筋から耳の先までが真っ赤に染まっていく。煌月様は脇に置いていた仮面を引ったくると、慌てて顔に押しあてた。けれどそれが覆えるのは顔の上半分だけで、火照った頬の端も耳も、まるで隠れていない。
「……い、いまのは、聞かなかったことにする」
 仮面の下から、くぐもった声が漏れてくる。私は思わず手ぬぐいで口もとを押さえたけれど、こらえきれずに吹きだしてしまった。
「笑わないでよ。……残りの団子は、明日の分に取っておくから」
 顔を隠したまま、煌月様は包みを大事そうに文机の引き出しへしまいこむ。しまう前にもう一つだけこっそり口に入れたのは、見なかったことにしてあげよう。背が伸びて顔立ちが変わり、剣だこのある手になっても、中身はあのころのままだ。人の指先を先に気づかう優しさも、照れるとすぐ耳まで赤くなるところも、屋根裏で団子を頬張っていた煌月様そのものだった。
 その日の午後、私は月白の言いつけで、外廷の内務府へ古い宮の出入り記録を借りにいった。毎年の暮れに私が台帳の控えを届けている北蔵の前を通り、目当ての綴りを受けとって引きかえす。
 後宮と外廷をつなぐ渡り廊下は、見習いの若い官吏たちのたまり場になっている。名のある家の子弟ばかりで、昼間から欄干にもたれて噂話に興じているのだ。紙魚と笑われるのには慣れているけれど、今日抱えているのは内務府から借りた大事な預かりものだ。目を合わせないようにして足早に通りすぎようとしたとき、行く手を一人がふさいだ。
「おや、蔵書楼の紙魚じゃないか。易術師殿のお気に入りになったそうだな」
 取り巻きの一人が、鼻を鳴らして言葉を継ぐ。
「どんな手を使ったんだか。紙魚は紙だけかじっていればいいものを」
 どっと笑い声が上がり、また別の一人が私の抱えた綴りに手を伸ばしてくる。とっさに身をよじってかわしたところへ、廊下の先から冷たい声が飛んできた。
「私の文官に、気安く口をきくな」
 声のほうを見ると、銀の仮面の易術師が後宮側の入り口に立っていた。腰に下げた玉牌が、午後の日を受けて白くきらめいている。
「え、易術師殿……これはほんの戯れで」
 綴りを奪おうとした一人が、ひきつった笑みを浮かべる。月白は仮面の奥から、一人ひとりの顔を順に見据えていった。
「戯れなら、内務府の帳簿にでも書きつけておけ。顔は、いま覚えた」
 若い官吏たちは顔色を変え、蜘蛛の子を散らすように外廷のほうへ逃げていった。
 月白は私のそばまで来ると、崩れかけた束を黙って抱えなおしてくれた。それから顔も見ずに言う。
「ぐずぐずするな。日が暮れる」
 そのまま先に立って歩きだした黒衣の背中を、私は小走りで追いかける。冷たい言い方だったのに、束を支えてくれた手は驚くほど優しかった。
 渡り廊下の角を曲がり、人の気配が途切れたところで、黒衣の背中がふいに歩みをゆるめた。
「……戻りが遅いから、迎えにきたんだ。怪我はない? 腕、つかまれてなかった?」
 その声は、心配そうにかすれていた。大丈夫ですと答えると、月白は振り向きもせずに「よかった」とだけつぶやく。仮面の紐の結び目の下で、耳がまた赤くなっていた。
 官吏たちを凍りつかせた一言と、いまの気づかわしげな声と。どちらがこの方の本当の顔なのかと考えかけて、私はすぐに答えに行きついた。耳まで赤くしているほうに決まっている。
 その翌日、立太子の儀まで四日に迫った日の午後のことだ。
 易術の間で書付の写しを作っていると、廊下に先触れの声が響いた。
「第一皇子、煌輝殿下のお成りである」
 筆を持つ手が、勝手に止まる。戸が開き、幾人もの宦官を従えて入ってきたのは、背の高い若い男だった。整った顔立ちに、豪奢な錦の衣をまとっている。口もとに浮かべた笑みが、目まで届いていない。十年前、蔵書楼の庭で「ブタ皇子」とはやしたてていた異母兄たちの先頭にいたのが、この方だ。
 私は筆を置いて部屋の隅へ下がり、床に膝を折って頭を垂れた。月白のほうは席を立とうともせず、軽く会釈しただけだ。伏せた目の端に映る煌輝様は、私のほうなど一顧だにせず、勧められもしないうちに月白の向かいへ腰を下ろす。それから、品定めでもするように部屋を見まわした。
「帝も、ずいぶんと狭い部屋をあてがったものだ。北方随一の易術師と聞いて、一度挨拶をしておきたくてな。母上も、そなたの卦を楽しみにしておられる」
 煌輝様が顎をしゃくると、宦官の一人が漆塗りの箱を文机の上に置いた。蓋が開けられた瞬間、中に詰められた金の延べ棒が燭台の明かりにまばゆく光る。
「四日後の儀では、ぜひとも吉の卦を頼みたい。礼はこれだけではないぞ」
 月白は箱に目もくれず、筮竹を一本、指先で回した。
「卦は天が決めるもの。私が決めるものではありません」
 部屋の空気が、ぴんと張りつめる。煌輝様の頬が、目に見えて引きつった。
「北の田舎から出てきた易者にしては、ずいぶんと強気だな。……易者の代わりなど、いくらでもいるということを忘れるな」
 背中に冷たい汗がにじむ。十年前に庭から聞こえてきたのと同じ、獲物をいたぶるような声音だった。
 煌輝様は箱を下げさせると、衣の裾をひるがえして立ちあがった。宦官たちを引き連れ、戸口へ向かっていく。
 私はようやく頭を上げた。月白は座ったまま、遠ざかっていく錦の背中をじっと見送っている。仮面に隠れて、その表情はうかがえない。
 その人差し指だけが、文机の縁をとん、とんと二度叩いていた。