【歳の差BL】なりたくて【加筆修正版】


「……!?」

 そこには、今まで散々話題に上がっていた人物、春川浩二がいた。何も今会わなくても……!俺はさっと身を隠す。こういう時、デカい図体の自分を恨む。目だけを扉の外へやって、奴の動向を探った。
 瀬川が出てくるなんて夢にも思わなかったんだろう。春川は、幽霊でも見たような顔をしながら、瀬川を指さしている。少し青ざめていて、震えているように見えた。
 
「な、なんで……!わか……!」
「……お声で分かりました」

 瀬川は、俺とやり合っていた時より機嫌が悪そうだ。それにしても声で分かるなんて……天才児は耳もいいんだろうか。瀬川の言葉に、春川は空笑いするだけだった。すると、隣にいた女性がずい、と前に出てきた。
 
「ねえ、浩二。何、この子」
「え?」
「知り合い?」
「えっ……えっとぉ……」

 春川は何故か言い淀む。去年、瀬川の担任だったと言えば済む話だろうに。瀬川と女性、両方から睨まれた春川は、あたふたしながら答えを口にした。
 
「……一回だけビール勧められたことがあったような……?俺は今言われるまで気が付かなかったんだけど、この店員さんは覚えてたみたい!あははーっ!」
(おいおい……そんなかわし方……)

 もっと眉間にシワを寄せた瀬川が、二人を睨んだ。春川は女性の手を引いて、その場から逃げようとしている。
 
「ビールは……」
「え?」

 妙に掠れた声。BGMに掻き消されそうな小さな声だったのに、不思議とその空間にいる人間たち全員が瀬川を見た。

「あの時のビールは、美味しかったですか?」
「……どう、だったかなあ!酔ってて忘れちゃったよ!ははは!」
 
 わざとらしく笑う春川に、俺は失望した。こいつは、どこまでいっても、瀬川にはノータッチを貫き通すらしい。
 
「あー、なんか気分悪い。私、帰る」
「えっ、ちょっと待ってよ!ほ、ほら!全部奢るし!」
「は!?そんなの当たり前でしょ!」

 悪態をつきながら女性は席に戻っていく。春川は慌てて彼女を追ったが、荷物を持った女性は足早に出口へ向かっていく。それをまた追う春川は、何回か床に突っかかっていた。その背は、なんとも情けないものだった。
 残された瀬川と、空気になっていた太一。ここからどうしたらいいものか……と考えていると、太一が俺に目配せしてきた。

「惣次郎〜!俺腹減った〜!そろそろ泣くぞ〜!」

 わざとらしくえんえん!と鳴き真似をする太一を引っ張って、改めてメニューを見た。 


「……ハイハイ、ちょっと待ってろ。えーと……」
「俺さぁ、カクテル、だっけ?食べたい!」
「は?飲みもんだろ、そ、れ、は!」
「おあー!」
「カクテキのことでしょうか」
「ひえっ」
 
 訳の分からんことを言うな!と太一の頭をぐりぐり撫で回していると、後ろから声がした。瀬川だ。やっと落ち着いたようで、ちゃんと店員をやっている。

「あ!それそれ!それ一つ!」
「カクテキがお一つ」
 
 それを見た太一は嬉しそうな顔を瀬川に見せた。太一本人は気付いていないことが多いが、この笑顔はほとんどの人に安心感を与えている。
 対して、瀬川は全く笑わないし、微笑みもしないな、と思った。他人に対して壁を作っている……と言えばいいんだろうか。いや、それなら太一に対して柔らかい態度にはならないだろう。……ということは、やっぱり“俺”がクソな客だから、それ相応の態度になるのか。

(でも、まあ綺麗な顔してるよな。アイドルみたいな。俳優にもいそう)

 そんなことや、腹減ったな、疲れたな、なんて考えながら瀬川を見ていると、注文を機械に入力し終え、顔を上げたとき、目が合ってしまった。瀬川の眉間はぎゅぎゅぎゅと内側へ力が入っていく。

「……なんでしょうか?」
「い、いいえ……」
「惣次郎はー?」
「え?あー……そうだなぁ……」

 酒と一緒に食べるなら、とぺらぺらとページを捲っていくと、俺の目が釘付けになった食べ物があった。

「じゃあ、焼き鳥のモモ、タレを……お前も食うよな?」
「うん!」
「じゃあ……4人前で」
「……以上でよろしいでしょうか」
「はーい!」

 瀬川は機械をズボンのポケットにしまうと、メニューにそっと片手を添えて言う。
 
「当店、焼き鳥は出来立てをお持ちしますので、少々お時間頂いております。予め、ご了承下さいませ」
「はいはーい!」
「ありがとうございます。それでは、失礼致します」
  
 頭を深々と下げて、瀬川は俺たちの席から出ていく。

「あ、待って……」

 春川のことなんか気にするな、と言いたくて、瀬川を引き止めに行くと、彼の視線は、春川がいたであろう席の方向を見ていた。何か思う所はあるだろう。真顔だったが、話しかけにくい雰囲気を纏っていた。
 やがて、俺に気がついたのか、また怪訝な顔を見せてくる。

「なに?」 
「あー……気にすんなよな、あんなの」
「……。ふんっ、大人しく飲んでろ」

 スタスタと歩いていってしまったその背中に、俺は言う。
 
「……やれやれ。可愛くないなぁ」

 ──それから、ようやく料理が運ばれてきた。
 腹ペコ野郎の俺たちは目を輝かせる。熱々の料理を頬張り、少し温くなった酒をごくごく飲んで、ぷはー!と大きな息をついた。太一は言う。 

「いやいやー!どっこいどっこいしょー!ってこの事だよな」
「……どっこいどっこい?」
「それ〜!」
「全く、それくらい覚え……はあ!?8割あいつが悪いだろ!」
「子供相手におとにげな……おと……?」
「大人気ないのは分かってるっつーの!」
「だはは!あんね!クソガキはどっちだよ〜って感じだった!」
「あーもう!今度こそ飲むぞー!かんぱーい!」
「うぇ〜い!」

 きっと、もっと考えなくちゃならない。
 春川が瀬川を突き放す本当の理由とか、あの瀬川の暴れようだとか。

(……去年、何があったんだ……?……いや、今日は疲れちまったな。頭回らねえよ)

 最近起こったことは、今日だけ少しだけ忘れたい。そう思った。
 馬鹿笑いをしながら、俺と太一は残り少ないこの夜を楽しんだ。たくさん食ったし、たくさん飲んだ。
 ──実は、また瀬川が来るのを心待ちにしていたのだけど、彼は今後一切俺たちの所に現れなかった。

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 裏口のドアが開く。ゴミの乗った台車を押して出てきたのは、瀬川だった。
 青く大きなバケツに、これまた大きなゴミを押し込んだ。ほこりを落とすように、パンパンと手を叩く。身につけていた使い捨て手袋を脱いで、ポケットに突っ込んだ。
 次に、スマートフォンを取り出す。メッセージアプリ、Liteを開いて、友達欄をタップした。あいうえお順に並んでいる。は行までスワイプすると、春川のアカウントが出てきた。アイコンは、彼が生徒たちに囲まれて笑っている姿のものだった。〇月〇日、1-A最高!などと書いてある。この日、瀬川も学内にいたのだが、これをいつ撮ったのか、もう知る由もない。
 アイコンを長押しすると、選択肢が出てくる。そのなかに赤文字表記で“削除”とある。一回押すと、本当に消してしまうのか、と注意書きが出る。少しの間それを眺めてから、瀬川は言う。

「……浩二さんの、うそつき」

 震える手でLiteを閉じた。スマートフォンは勢いよくポケットへと戻ってゆく。
 いつもは気にならない街の喧騒が、とてもうるさく感じた。

(……疲れた……ちょっとだけ……ちょっとだけ休む……)

 瀬川はゴミ箱の隣にしゃがみ込んだ。周囲から自らを守るようにまんまるになった。
 黒の制服ということも相まって、その姿は少しずつ闇に溶けていく。
 今、彼のこころがどこにあるのか、誰も知らない。