【歳の差BL】なりたくて【加筆修正版】

 
「ええと、実は俺、うおっ!?」

 日吉が慌てて、弁解しようとしたその時、眼前に拳が飛んできて、反射的にそれを避けた。
 一気に豹変した瀬川に驚きながらも、次々と飛んでくる蹴りや拳を避けていく。

「えっと、とりあえず、自己紹介を、っぶねえ!」

 弁解しようとする日吉の横っ腹へ、蹴りが飛んできて、それをまた避ける。
 “ケンカのできる相手”だと分かったのか、瀬川は一旦日吉と距離を取った。頭の天辺から爪先までを見るその目付きは鋭い。

「暇つぶしがてら当ててやるよ。アンタ、センコーじゃね?」
「うっ……即答……」
「あれ?おれカマかけただけなのに。墓穴掘ったね、センセ?」
「……!」
「今度変装する時に役立つ情報お教えしましょうか。ビジネスマンって、大体はジャケット持って歩いてんだよ。鞄に入れると皺が出来る。クールビズだとしても、まだ4月だし企業的によるとはいえ、開始する時期じゃない、はず」
「……仰る通りで」
「……どうせ、春川辺りにおれを連れ戻して来い、とか言われたんだろ。もしかしてアンタ、今年の担任だったりする?」
「それまた仰る通りで……」

 素直に認める日吉に対して、瀬川はツンっと明後日の方向を向いた。

「ハッ。もう彩都に飼い慣らされちゃったわけ?ほんと馬鹿しかいねえなあそこ」
(……前言撤回!やっぱクソガキ!)

 流石にカチンと来た日吉は、出来るだけ柔和に説教を試みた。

「……騙すような形になったのは謝るよ、ごめんね。けどさ、初対面の相手、しかも目上の人間にその言い草はないんじゃないのかな。瀬川凪君?」
「うるせえな、どいつもこいつも鬱陶しいんだよ」
「……1つ、俺含め学校側のお節介は、君が戻ってくれば済む問題。2つに、その恰好をどうにかすること」

 春の風が入り込んできて、瀬川の赤い髪をふわりと揺らした。彼は日吉を無視して、片手をパーカーのポケットに、片手にスマートフォンを手にした。紫色の瞳は人を映さなくなった。
 日吉は構わず続ける。

「彩都を選んだならその恰好はやめたほうがいい」
「ふーん。郷に入っては郷に従え、って?」
「良く分かってるじゃない。卒業まであと1年と少し……でしょ?それまで我慢出来ない?」
「……。そんだけのためにおれんとこ来たわけ?残念、時間の無駄でした」
「……」
「バイト遅刻すっからどけよ。バイバイ、迷子のお兄さん」

 日吉は、すり抜けようとした瀬川の腕を掴んだ。

「なっ……!離せよ!」
「バイト先には俺が謝罪するからさ。まあ、話聞きなよ」
「っ、この!離せ!」

 腕を振り払おうと必死になる瀬川を、日吉は諭す。

「強制的に連れ戻しに来た。君もこのままじゃいけないって分かってるはずだ」
「だからなんだよ!」
「君は勉強ができるんだし、あの環境にいないのは勿体ないよ。もし進学を考えてるなら尚更だ。一度、落ち着いて話をしてみない?出来るなら、親御さんも交えて」
「……」

 抵抗していた瀬川の左腕から、スッと力が抜ける。

(分かってくれたか……?)

 そう日吉が油断したその時、やっと目線が合った。
 暗闇に光る瞳には、今度こそ日吉がしっかり映っている。日吉(敵)、が。だが、先程と目付きが違う。鮮やかなはずの紫色の中に、どこか淀みを感じた。二人の間にチリチリとした緊張が走る。
 反撃がやってきそうな気配がして、日吉も少し口早になる。  
 
「君と腹割って話したいんだ。親御さんとは連絡が取れないとも聞いてる。悩みがあるなら聞くよ。現状を考えると誰かを頼ったほうが」
「黙れよ。今すぐ消えろ……」
「瀬川君。ちゃんと話そう」
「うるせえんだよ!はなせ!」
「っちょ、っと!落ち着けって!」

 明確に攻撃してきた数分前とは違い、瀬川は錯乱しているような手つきで日吉に向かってくる。避け続けても埒が明かないと考えた日吉は、瀬川の両腕を掴んで背を壁に押し付けた。片足の爪先を強く踏み、可動範囲を狭める。その間も酷く激昂する彼を見て日吉は思う。
 
(何だ……?何か変だ。不良とかいう括りで終わらせちゃいけないような)

 日吉が押さえ続けてしばらく経つと、体力が尽きたのか瀬川の動きが止まった。
 互いの呼吸音だけが穴蔵に響く。
 俯いた瀬川は喘ぎ喘ぎ挑発する。

「っ、はぁ……。いいのかよ……。これ、見られたら、アンタ、捕まる、ね」
「……おやじ狩りへの正当防衛、とかって言えば、話は変わるかも」
「……っ、サツ、呼ばれたくない」
「それは同意見」
「ちっ……」
「……はい、降参」
「……!?」

 日吉はひょいと両手を挙げた。
 ぽかんとする瀬川から少し離れて、ズボンのポケットからメモ帳とペンを取り出す。何かを書き込んでから、千切ったそれを瀬川へ渡した。
 日吉がそれ以上何もしてこないと分かったのか、瀬川はメモを素直に受け取った。

「それ、俺の名前と電話番号。俺直通だから安心して。困ったことあったら連絡してよ」
「え……」
「ほら、早く逃げな」
「は?」
「俺は何も見なかったことにする。君はただ道案内をしてくれた優しい高校生。あーあ、明日にはどこの制服着てたかも忘れちゃうんだろうなあ」
「……なんで」
「うん?」
「……」 

 すっかり大人しくなった瀬川は、じっとメモを見つめている。その隙に、日吉は反対側の壁に背をもたれる。ライターの火で周囲がパッと明るくなった。明るさの度合いを見た両名は「バイト!」と口にした。同時に瀬川のスマートフォンから呼び出し音が鳴る。
 瀬川は急いで通話し始めた。

「もしもし。……うん、ごめん。10分くらい遅れるって徹平さんに伝えてほしい。……え?うん、無事……」
 
 言いかけて、ちら、と瀬川が日吉を見た。日吉は自分を指して「代わろうか?」と口パクで伝える。瀬川は素早く首を横に振ると「すぐ行く」と電話口へ答えて、通話を切った。
 
「じゃあ、また。バイト先まで気を付けて」
「2回目なんざねーよ!今度顔見せたらぶっ飛ばす!」
「はいはい。ありがとね、いい喫煙所連れてきてくれて」
「……!ばっかじゃねーの!」

 皮肉も込めてニッと笑えば、中指を立てて瀬川は駆けて行く。
  その背中を見送りながら、日吉は再びライターを手にして、煙草に火をつける。大きく肺へ煙を送り込み、吐いた。なんだか梅雨のような鬱々しさが残る。

「あーあ、春ってもっとこう……爽やかなもんじゃなかったっけ?」
 
 日吉はしばらくそこで煙草をのんでから、香吹町を後にした。 

──それから数日。瀬川から連絡が来ることはなかった。
 この日、職務に追われていた日吉は昼食を摂っていないことに気付き、鞄から菓子パンを取り出した。次が空きコマのため、少しゆっくりできる。
 瀬川に連絡先を渡したあの日から、スマートフォンを見ることが増えた気がする。
 普段、時間は腕時計で確認し、友人と連絡は取るが、それも頻繁ではない。
 そのため、日吉にとってスマートフォンとは、何かの検索だったり、漫画を読む媒体として使われていた。
 パンをかじりながら、スマートフォンを手にするが、やはりメッセージの通知は無い。
 
(おっ、“格闘!ジャンパチ!”の最新話来た!早速読もう)

 その代わり漫画アプリからの通知が来たようだ。日吉の元気ゲージが少し回復する。
 気になる場面で前話が終わっていたことを思い出し、早速タップしてリンク先へ進む。
 1ページ目を開こうとしたその時。

「日吉先生~!」
 
 春川がやって来た。大層機嫌が良いらしく、足取り軽やかである。
 日吉はサッとスマートフォンを隠して、余所行きの笑顔を作った。パン片手に返事をした日吉を見て、春川は言う。

「すみませんお昼でしたか!あ、それ購買のハンバーグパン!よく買えましたね、売り切れるの早いのに」
「あ、はい。突っ走……運良く一つ残ってて買えました、はは」
「知ってます?購買のパンって、彩都専門の業者が作ってるらしいですよ。素材には拘ってるらしくて。僕は焼きそばパンが好きだなあ。そうそう、学食も栄養バランスしっかり管理されてるみたいで」
「……えーと、ご要件は?」
「あ!そうだった!瀬川の件、どうですか?」
(一言目にそれ出してくんねえかな……)

 触らぬ神に祟りなし、を体現したのを忘れたのだろうか。時間があれば、こうして瀬川問題の進捗を聞きに来る。
 前任だった春川も参加してほしいものだが、代わりに業務を担ってくれてていて、強く出られないのが現状だ。
 
「連絡とか来ました?」
「来ないですね。怪しまれてるんだと思います」
「そうですか……。3月あたりに、Liteで日吉先生のこと知らせておいたんだけどなあ」
「え?」
「ああ、お名前だけですよ。もちろん既読無視でしたけど。そうだ!Liteって便利になりましたよねえ。親御さんと一気に連絡取れるし。書類刷る手間省けるから助かります〜」

 彩都では、Liteを利用して、親と交流を図るシステムを取り入れている。
 親は、学院の公式アカウントを友達登録するだけで、出席の有無の確認、欠席連絡、おたよりを読んだりすることができる。デジタル化する世の中に合わせて、数年前から行われているそうだ。
 簡単な問い合わせはAIチャットボットに一任しているし、双方のストレス軽減になっているらしい。
 連絡が取れない、という点について上記を思い出していた日吉は一つ疑問を抱いた。
  
(そういえば、いきなり音沙汰無くなったのか、そうじゃないのかで話が違ってくるな)

 日吉の空返事に気付かず、ぺらぺらと喋り続けていた春川に、問いかけた。

「春川先生は、いつ頃まで瀬川君と関わっていたんですか?」
「えっ。うーん……覚えてないですね」
「……え?」
「3カ月程で来なくなったって言いましたけど……もっと早かったかも。僕、記憶力には自信がなくて」
「じゃあ、それ以降って……」
「あー……お恥ずかしながら……コンタクト取ってないんで知らないです」
「……!」

 耳を疑った。まさに丸投げという言葉がしっくりくる。
 日吉は腸が煮えくり返る思いをした。
 事案自体を押し付けられたことへの怒りではなく、生徒を蔑ろにしたことへ怒りが湧いた。
 ヘラヘラ笑う春川に日吉は問い続けた。
 
「深いヒアリングはしなかったんですか?来ない理由だったり、原因の追究だったり」
「うーん……」
「面談や家庭訪問を促すだとか」
「やだなあ、そんなことしてる暇なんて無かったですよ。彼だけじゃなく他の生徒たちもいますから」
「……それでも、春川先生の1日の中で、数分でも彼に時間を割いてあげられなかったんですか?」

 日吉は願った。自分勝手な思いなのは分かっている。それでも、少しでも申し訳なかったかもしれない。そんな姿勢を見せてほしかった。
 春川は苦笑いをして言った。

「だって……そこまでするの、正直面倒じゃないですか」