【歳の差BL】なりたくて【加筆修正版】



「うひゃー、疲れたぁ……」

 繁華街は、今日もたくさんの人で溢れかえっている。酔っ払ったおじさんや、大学生をかわしながら、疲れてへにゃへにゃの声を出したのはあたし、悠木七海(ゆうきなみ)だ。
 学校帰り、そのままのスクールバッグはとっても重たくて、どう持っても左、右、と足が絡まりそうになる。と、思っていたら、見事に絡まった!転んじゃう!

「わ……っ!」
「おっと」
「すみません……!」
「いや……。おつです」
「お疲れ様ですー……うぅ……」

 よろけたあたしを支えてくれたのは、バイト先の先輩、瀬川凪さんだ。ありがたい、怪我しなかった……。
 どうやら、足が重たいあたしに歩調を合わせてくれているみたいだった。足が長い人だから、本当ならこんなところ、すいすいーって歩いていけるんだろうな。
 今日も注文がたくさんあったから、目まで疲れている。眼精疲労ってやつかな?ギンギラギンのネオンが目に痛い。ついでに大きな欠伸をしてしまった。
 
「ほんとすみま……あふぅ……」
「この時間眠いすよね」
「はいぃ……でも、だいぶ慣れました!」
  
 あたしが新しいバイト先、カフェ&ダイニングGerberaに入ってから、早くも2週間が経とうとしている。
 あたし、接客経験はあるけど、お店が変わって、やることも変わったから、まだまだ失敗しまくりで。とにかく明るく振る舞うことしかできていない気がする。そして、だんだんと嫌われていないか?とか余計なことを考える余裕が出てきてしまった。そっちの余裕はいらないよ!
 あたしは恐る恐る瀬川先輩に聞いてみた。
 
「あたし、大丈夫ですかね……?ちゃんとやれてますか……?」
「……大丈夫。今、悠木さんについてくれてる長谷さんって人、男女関係なくしっかり指導するタイプだけど、問題ないって言ってたし」
「ホントですか!?えー、すごーく嬉しい!」
「常連さんも皆褒めてたよ。いい子だって」
「そんなに!?」
「まあ……おれもそう思う、かな。いーんじゃないすか」
「えー!?」
    
 確かに、お客さんはいい人ばっかりだ。あたしが注文登録したり、復唱するのをちゃんと待ってくれたり、皆本当に優しい。トレーニングしてくれてる長谷さんやその他の先輩たちも、明るくて頼りになる人がたくさんいる。
 Gerberaのご飯を食べるとそうなるのかな?あたしに後輩ができたらすごく優しくしよう!
 よし、今の瀬川先輩からの言葉で、勇気が出てきた!思わずニヤけてしまう。

「えへへぇ!」
「?」
「あっいえ!別に!なんでもないです!帰りましょー!」
「……」

 一気にるんるん気分になったあたしは、足も軽くなった気がした。
 さて、どうしてあたしと瀬川先輩が一緒に帰っているのかというと……そっくりだから!っていうのは全く関係なくって、店長が、夜道を帰るあたしを心配してくれてのことだった。遊びに来たりするし、駅までまっすぐだから大丈夫って伝えたんだけど……。

 『こんなとこに店構えて高校生雇って何言ってんだ、と言われるかもしれないが、俺たちが嫌なんだ。危ない目に遭わせたくないからな』
『店長……』
『だから、せめて凪を連れて行け』 
『……よろしく。ボディガードになれるかは分からんけど』
『先輩……!』

 瀬川先輩もそう言ってくれて、今日初めて一緒に帰ることになったのだ。
 ──中学に上がってくらいから、あたしは所謂“お姉ちゃんポジション”というものになっていった。
 施設の中では歳が上の方で、進んで下の子の相手とかしてたから。施設の人も信用してくれて、あたしに色んなお手伝いを任せてきた。それはあたしも嬉しかったし、楽しかった。バイトの役に立ったこともある。
 だけど、急に守ってほしくなる時期が来るもので。
 でも、もうお姉ちゃんだからなぁ、という気持ちで諦めたこともたくさんあった。前のバイト先で揉めて帰ったときも、もう少し大人でいられなかったの?なんて言われてさ。あたし、まだ大人じゃないのに。
 Gerberaの求人を見つけたとき、また同じことの繰り返しになるかもって心配してた。
 けど、ここは違うみたい。ちゃんとあたしを見ていてくれている。
 お姉ちゃんじゃなくて、高校生の、子供のあたしを。
  
(あと……この人も)  
 
 瀬川先輩も、だ。
 バイト中、皆のことを気にしてくれているし、何か失敗しても絶対に怒らず、すぐフォローを入れてくれる優しい人。あたしも何度も助けてもらっている。
 お店のことは何でも知っていて、たまに店長や副店長より詳しいことがあるみたい。
 そして、一番歳下だけど一番先輩、という立ち位置だから、先輩たちは愛情を込めて「凪ちゃん先輩」と呼んでいる。瀬川先輩は普通に呼んでほしいみたいだけど、嫌そうではなかった。
 でも、優しすぎたからか、昔、舐めてかかった人もいたみたいだけど、それでも怒らなかったみたい。代わりに店長と副店長が怒って、色々対処したらしい。それくらい優しい。……というか、我慢強い?人みたい。
 顔が同じことについてはまだよく分かっていないけど、同い年だし仲良くしたいなーと常日頃思っていたので、今日はラッキーデイかもしれない。
 あたしは、何か話しかけようと、時々瀬川先輩を見ていたけど、先輩は誰からも目線を外すようにして、どこか遠くを見ていた。
 思い切って会話を試みようと決めた。指に少し力が入って、バッグの持ち手が食い込んだ。
 先輩!と声をかけてみるとドライな返答が戻ってきた。

「それだりぃ」
「へ」
「タメでいいし凪でいい。……悠木さんのことも呼び捨てでいい?」 
「うんっ!よかったぁ……あたし、なんか息が詰まっちゃってー」
「おれと話すときだけ変だった」
「そりゃそうだよぉ!同い年でも先輩だし、職場ではちゃんとしたいもん!」

 あっそ、と興味がなさそうに言って、瀬川先輩もあくびをした。
 思えば、ずっと眠たそうにしている先輩だけど、最近は特に疲れて見える。まだ出会って日の浅いあたしでさえそう思うんだから、お店の人は皆心配してるかも。
 交差点で信号が変わるのを待つ間、ぽつりと瀬川先輩が呟く。

「……七海は、ドッペルゲンガーじゃないんだ」
「?」
「二回見ても死ななかったから」
「えっ、何、死……?悪口〜!?」
「違ぇよ。実は──」

 瀬川先輩は、ドッペルゲンガーについてをあたしに教えてくれた。全部聞いたあと、あたしの眉間にしわが寄っていく。

「酷くないですか!」
「ノーコメント」
「だってさ!会ってからずっと誰かしらそう思ってたってことでしょ!?」
「ノーコメント」
「うぎー!……うーんと、じゃあ“本人に関係ある”って条件が当てはまらなかったら……あたしたちって……?」
「きょうだいになるわけだけど、そんなはずねえから」
「ん……あ、でもさあ、なんで目を見ただけでせんぱ……凪の考えてることが分かったんだろー?」
「しらね」
「えー!?気にならないの?」
「ならない」
「……もー」
 
 ……正直、下着の色まで当てられたのはびっくりした。
 そもそもセクハラされて退職した女がする質問じゃないし、思い付いた時、我ながら馬鹿馬鹿しいなとも思った。だけど、それを真顔で答えた先輩……凪を見て、何故か、「ああ、やっぱり」と腑に落ちる自分がいた。

(この人、絶対あたしを……)

  まだ、ハッキリとした理由はないけど、この人は、絶対自分を知っているんだ。
 信号が青に変わって、あたしたちは人波に乗った。
 瞬間、さっきまでと違って、なんとなく居心地の悪さを感じた。凪はあたしの隣から離れて、少し前を歩いていく。人混みに紛れて、いなくなってしまいそうになる背中を、追いかけるようにあたしは小走りになった。

「ね、ねえっ、今度遊ばない?」
「……」
「えっと……今日Liteしてもいい?」
「……」
(急になんなの!?)

 機嫌が悪いわけじゃないみたいだけど、何を話しかけても、避けられてるような感じがした。

(あれ!?いない!)

 追いかけ続けていたはずなのに、駅の中に入った瞬間、凪を見失ってしまった。

「凪ー!?なぎ……!わっ、すみませ……!」
 
 人の波とぶつかりながら、凪を探す。駅についたらバイバイする予定だったのかな?あたしが知らなかっただけ?不安が襲ってくる。普段、道に迷うのとはまた違う不安の種類だ。泣いてしまいそう。その時。

「うっ……!?」

 突然、頭の中に声が響いた。
 
(こっち)
(え?)
(2番線にいる) 
(……ほんとに?)
(ほんと)

 今起きた出来事を不思議がるより先に、体が動いた。人の波をかき分けて、改札を抜ける。
 言われた通り2番線のあるホームに降りると、凪がいた。備え付けの椅子に座って、スマホをいじっている。
 ふと、上にある電光掲示板を見ると、あと数分で帰りの電車が来る予定だった。よかった、同じ沿線なんだ。
 ようやく落ち着いたあたしは、涙と汗を拭って、息を整えてから、一個飛ばしで椅子に座った。
 すると、凪が話しかけてきた。
 
「なんでここにいるって分かった?」
「え……」
「教えてよ。なんで分かった?」
「……凪が、呼んだんじゃん……」
「ふーん」
「ふーんって……」
「それ、偶然じゃねえ?あり得ないでしょ」
「な……!」

 さっきから、適当にあしらわれてるように思えて、あたしは少しイライラしてしまう。
 目を見ると考えが分かるなんて、あたしだってあり得ないと思っている。頭の中に声が響いてきたのだってそう。けど、その“どうしてなのか”を考えるのはあたしの役目なの?あたしだけの問題なの?凪は、本当におかしいと思わないの!?
 そう考えるうちに、頭痛がしてきた。「ちゃんと話そうよ!」と声をかけるより先に、また、頭の中で声が響く。
 
(しゃーなし、信用してみる)
「えっ」
(遊びに行ってもいーよ)
「え?え?」
(なに?)
「いや、えっと、だから、頭に……!」
(Liteも勝手にすれば。どーせ朝まで起きてるし)
「あの、待って……!」
《2番線にぃ電車がぁまいります。黄色い線のー内側でーお待ちくださぁい》 
 
 注意喚起のアナウンスとベルに、あたしの声はかき消される。先に立ち上がった凪はあたしを見て問いかける。

「さて、ここで問題です」
「……!いい加減ふざけな……っ」

 あたしの喉がひゅっと鳴る。
 
「おれたちって、なんなんだろうねえ」

 電車のライトに照らされた凪の瞳。紫色の瞳が、ぎらっと光ったからだ。 
 それが、ほんの少しだけ、怖かった──。