──その後、少し早めに帰還した兼村は、裏口で待ち伏せしていた九条に泣きつかれた。一部始終を聞いた兼村は、信じ難い、といったような顔をした。足にまとわりついたままの九条を引きずりながら、事務所へ向かう。そこには、ちょうど制服のサイズ合わせをして戻ってきた悠木と瀬川が二人並んでいた。
兼村は眉間にしわを寄せる。
「……俺は幻でも見てるのか?」
「ほら!ね!だから言ったじゃん!」
ちょっとやそっとじゃ動じない兼村でさえも動揺している。悠木の右隣を指してそちらは、と呟いた。指された相手はため息をつきながら答える。
「徹平さん、頭にかけるの冷水と熱湯どっちがいい?」
「……こっちが凪か。いやそうだろうな、うん」
「徹平さんまで……。継ぐの淳だろ?大変だねー」
「馬鹿凪!これ以上ややこしくしないでよぉ!」
瀬川の軽口に泣き叫ぶ九条を見て、兼村は顔に手を当て、頭を振った。
瀬川が男性にしては小柄、悠木が女性にしては身長があるため、顔だけを見ると一瞬どちらなのかが分からない。見分けるとしたらくりっとした茶の瞳をした悠木、眠たそうな紫の瞳をした瀬川、と言ったところだろうか。
とにかく、と兼村は言う。
「悠木さん、制服と靴のサイズは?大丈夫そうか?……分かった。こいつ……副店長が迷惑をかけたな。騒がしくて申し訳ない。また出勤日を連絡するから。今日はお疲れ様でした」
「は、はい!お疲れ様でした!」
「凪、裏口まで案内しなさい」
「はあい。……行きますか」
「あっ、はい!では失礼しますっ!」
しっかり90゜の綺麗な礼をしてから、悠木は瀬川についていった。
「……」
「だから言ったじゃん!だから言ったじゃん!だから言った……痛ーい!」
「うるさい。開店まで時間がない」
「うう……痛い……淳ちゃん今日マドラー持てないもん……」
「持たせてやるから早くしろ」
「ええー?嫌……ってなんでガムテープ持ってんの!?」
「マドラーと一体化させてやろう」
「うわー!」
ガムテープを持ってにじり寄る兼村から、逃げるようにして九条は持ち場へと戻っていく。
「……妙なこともあるもんだな。……ん?」
ここで兼村は閃いた。
(そうだ、先生なら……)
アルバイトの履歴書には家族構成を書く欄はないため、ひっそり確認することが出来ないが、教師の日吉ならば、家族構成を知っているはずである。
せっかく共同戦線を組んだのだ。表向き、最近の瀬川のことで、と連絡をしよう。
「……ドッペルゲンガーか……」
兼村はソムリエエプロンの紐をぎゅ、と強く結んだ。
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「──そうですねー、記入欄にはお母さんのお名前しか無いです」
《そうか……》
日吉は瀬川のアルバイト申請書を見ながら、兼村へそう伝えた。電話口から大きなため息が聞こえて、日吉は首を傾げた。
「どうしたんですか」
《いや……実はな……》
「……へえ!そんな偶然あるんですね!」
《先生はドッペルゲンガーっていうのを知ってるか?》
「え?……ええと、兼村さんのお電話ですよね?」
突然“ドッペルゲンガー”の話を持ち出してきた兼村に、日吉の頭の中にはハテナが浮かぶ。漫画か何かで知ってはいたので、ええ、と頷いた。電話先の彼はまたまた大きなため息をついた。
《もしあいつらがきょうだいじゃなければ、俺はその説を信じる》
「えーと」
《根拠ならある。悠木さんと出会ったあと──》
出会ったあと、驚きを振り払うかのように、スタッフたちはハイスピードで準備をした。そうして、無事店はダイニング開店した。
客入りが落ち着いてしばらくしてから兼村が瀬川へと問う。
『凪、お前きょうだいは?』
『いるわけねえじゃん。一人っ子だよ』
『そうだよな……。まさか……』
言葉に詰まった兼村を瀬川が訝しげに見る。兼村は顎髭を三回撫でてから続けた。
『……ドッペルゲンガー、とかいうやつか?』
『……徹平さん、オカルト好きだっけ?』
『いや……』
『……じゃあ、あともう一回見たら、おれたち死ぬわね』
『滅多なこと言うな……』
『ドッペルゲンガーって確か、見分ける条件があったはず……。えーと……そうだ。ドッペルゲンガーたちは周囲の人間と会話をしない。あと、ドアの開け閉めが出来たり、忽然と消えたりするらしい。今回だと、消滅とか会話以外当てはまる現象あるけど……』
あともう一つ、と瀬川は付け足した。
『本人に関係のある場所に出現する、ってのがある』
『関係のある場所……』
『それが今回当てはまんのかっつーと……微妙なライン?ここって、ドッペルゲンガーさんの関係のある所、なのかね』
『……お前と本当にきょうだいだったら、関係はあるかもしれないってことか』
『そ。でも、店に来たのは今日が初めて。今日まであの人を、見たことも聞いたこともなかった。いくらなんでも、色々無理があるっしょ?応募してきたからって関係がある、とまでは言い切れな……おっと、あぶな』
瀬川も、あれだけそっくりの人間に出会ったことに動揺しているらしい。花の形に切り抜いた人参が、コロリと皿から落ちた。冷静に語るものの、いつもより作業が雑、というか、どこかぼんやりしている気がした。
三回見たら死ぬ、自分たちはもう一回見たら、死ぬ。
『まあ、死んだら分かるよ』
『だから!滅多なことを言うな……!』
──ここまでを聞いて、日吉はますます首を傾げる。なぜか相手が本物か疑ってしまう。
つい「兼村さんのお電話ですよね?」と口が滑った。電話越しから呆れたような唸り声が聞こえてくる。
《あのな……先生、俺だってオカルト信じるときくらいある》
「あはは、失礼しました。あんまりそういうの信じなさそうだったので」
《ただ……》
「?」
《まだ証拠がある》
「証拠って……」
まだ信じ難い、といった風に兼村は言う。
二人は“交信”し合っていた!とかエスパーだ!テレパシーだ!とかなんとかと九条が騒いでいた件である。
高校生二人、瞳と瞳を合わせれば、相手の思っていることが分かるらしい。初対面なのにお互いの知らないであろうことを当てっこしていたそうだ。
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『……九条さんは、分かりますか?』
『えっ』
『私……今、好きな食べものを一つ……思い浮かべています……』
『う、うーんと……ラーメン!』
『ぶぶー!』
悠木が指をバッテンにして見せてくると、代わりに瀬川が答えた。
『オムライス』
『ピンポーン!』
『ひぇ』
瀬川はそのまま青ざめる九条に追い討ちをかけた。
『じゃあ今度はおれが……。……好きな食べ物を思い浮かべています』
『え、えっと……あ!サンドイッチ!ベーコンとアボカドの!』
『ぶー』
『えぇ!?』
瀬川が指をバッテンにして見せてくると、代わりに悠木が答えた。
『ハンバーグ!デミグラスソース!』
『ピンポン』
『分かるかーっ!』
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こうして、兼村が帰ってくるまで九条は、曰く“交信”で遊ばれたそうだ。どんなに繰り返しても、全く的中しなかったそうである。
などと聞いた日吉はだんだんと混乱してくる。
「……それ本気です?」
《本気だ》
怪談だろうが幽霊だろうがかかってこい、くらいの兼村がここまで弱気に言うのだ。少し興味がわいてくる。
《とにかく、今度見に来てみろ。それじゃあ》
「あ!ちょっと……!もしもーし!……ふーん……ドッペルゲンガーかぁ」
日吉は、スマートフォンをスーツのポケットにしまった。
(そろそろ酒飲みてーし、太一でも誘ってみるかー)
そう思いながら書類を元の場所へと戻していると、五時間目の予鈴が鳴った。
「ああー!ヤバい!何にも準備してねえ!」
日吉は、そこら辺の本全てを両手で掬い上げると、慌てて授業へと向かったのだった。
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