平日夕方16時、カフェ・ダイニングGerberaは夜営業準備中である。
店の掃除、消毒、仕込みなどはスタッフに任せ、副店長・九条淳は、バーテンダーの戦場を整えていた。
洒落たジャズをBGMに、鼻歌を歌い、果物をカットしていく。この曲は、彼のお気に入りで、営業準備中は大抵この曲を流している。スタッフの半数以上が、アルバイトの時間以外でも頭の中でリフレインすると申告してくるほどである。
るんるん気分で作業を続けていると、ピッチが鳴る。が03番と表示されている。瀬川が持っている番号だ。現在彼には発注業務を任せている。
「あいあーい。どした?」
《発注終わったよ。あとさ、これ、壊れてるメニューって直しちゃっていーの?》
「あ、うん、お願いしまーす!」
《はいはーい》
九条は、またふんふんと鼻歌を始めた。彼がこんなにご機嫌なのには理由がある。そう、バーテンダーという仕事が大好きなのだ。とある理由でバーテンダーを目指し、兼村と出会ってからは二人三脚でGerberaを起ち上げ、今はここの名物バーテンダーになっていた。
(よーし、今日もフルパワーで、お客さんを労るぞ!)
このGerberaという店は、色々なことで疲弊した人たちを、労ることを目的として作られた飲食店である。それをいつでも念頭に置いて、九条はカクテルを作り続ける。果物を切り終わると、一旦冷蔵庫へしまう。
次に、ミックスナッツの大袋を開けようとした時。
「……ん?」
裏口のインターホンが鳴った。九条は首を傾げる。
(……業者さんは確か……18時頃に来るはず。兼村はそれより遅くなるって言ってたし……なんだったっけ?……あっ!)
思い出した九条は、手のひらを拳でぽんと打った。
(そうだそうだ!バイトの面接でした!)
大切な面接日をすっかり忘れていた。九条は、代わりに行こうとしたスタッフを止めて、裏口へ向かった。
採用は九条の仕事の一つだ。持ち回りにせず、必ず九条を通すよう兼村と決めた。楽しい店をもっと楽しく明るくしたい!という思いから、自分で担当業務にしたのである。
今回の相手は、電話で声を交わした時点で好印象を抱いている。溌剌とした声で、受け答えもハキハキとしていた。直接話してみて問題なければ、ホール業務の担当を頼みたかった。
「いい人だといいな〜」
九条はそう呟きながら、インターホンの画面を見ずに、そのまま扉を開けた。
「こんばんは~!副店長の九条と言います!今日は面接……」
九条の前に立っていたのは、女子高生だった。
栗色の髪の毛は高く括られていて、セーラー服を身に付けている。
だが、そこまでの情報を得た九条は、ぽかんと口を開けたまま硬直してしまった。
「……」
「……あ、あのう……?こんばんは……?」
「は、あ、こんば、んは」
「……ええと……Gerbera、さんってここで合ってますよね?」
「は、あ、はい、あの、ちょっと」
「?」
呆けた返事しかしてこない九条を、女子高生は、不思議そうに見上げている。
もう一度言う。彼の目の前にいたのは確かに、間違いなく、“女子”高生だった。
「ひえーーーーー!?」
「きゃっ!?なに!?」
九条は店中に響く声量で叫んだ。絶叫にも近いそれに、女子高生は後ろに一歩引いた。
「副店長!?どうし……ひゃーーーーー!?」
「ちょっと!2人ともうるさ……ひょーーーーー!?」
九条の悲鳴を聞きつけたスタッフたちが、どうしたのかと見に来ると全員悲鳴を上げた。ミイラ取りがミイラになっている。女子高生は後ろに3歩引いた。何人もの大声は事務所まで届いてきた。それに苛立ったであろう瀬川が、扉を蹴り飛ばす勢いで出てきた。
「あーもううるせー!全員黙れや!……えっ……!?」
「……えっ!?」
負けじと大声で文句を言いながら裏口に来た瀬川だったが、瞬間、非常に驚いた顔をした。女子高生も非常に驚いた顔をしている。瀬川と女子高生は、お互いに後ろへ5歩下がった。
九条は瀬川と女子高生二人を見比べてから、ムンクの叫びよろしく両手を頬に当て、再び叫んだ。
「凪が二人ぃー!?」
――――――――――――
🤔 😱 😮💨
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「え、ええと、悠木七海さん、で間違いないかな」
「は、はいっ」
あれから、九条、瀬川、悠木は事務所へ移動した。
“なぎ”、“なみ”と読みも似ていること、そして、顔がまるきり同じなことに九条は未だ動揺を隠せない。
悠木の志望職種がダイニングでのホールスタッフだったので、リーダーである瀬川も同席させている旨を伝え、同意を得た。本音は、二人きりでいると面接どころではないと思ったからだ。だが、悪手だったかもしれない。その間、高校生同士はお互いをじっと見つめていた。
自分から、なんとも言えない雰囲気を作り出してしまい、喉の張り付きが増したけれど、無理やり引っ剥がして質問を始めることにした。
「志望動機を聞いてもいいですか?」
「は、はい。一人暮らしするために、貯金をしたいからです」
「うんうん。この……住所にある〇〇園っていうのは……」
「児童養護施設のことです。あたし……私、親がいなくて」
「……」
「園の決まりで、高校卒業すると出ていかないといけなくって。引っ越し費用とかは出してくれるんですけど、光熱費とかそういうのまで出してもらえないので……今から家賃とか、そういうのを貯金したい、です」
「なるほど、ね……。じゃあ次に、なんでうちに興味を持ったのか教えてもらえますか?」
「はいっ。ワークアップで高時給バイト探してたんですけど、すぐにここが見つかって。髪色・髪型自由だし、あと、賄い付きっていうのが魅力的で」
「そうなんだ」
「あると助かるなーって。園の人も、1人分作る量減ったら楽じゃないかなーって!あと、ここのご飯が美味しいって、園の先輩が教えてくれたんです!それで応募しました!」
「……はい、分かりました」
質問に元気に答える悠木を見て、九条は彼女に大きな問題ないな、と思い、相槌を打った。
「うんうん。OKです。ちなみに……前の職場は結構早めに退職してるけど、都合が合わなかったとかかな。一応質問しておきたくて。答えられる範囲でいいから聞いてもいい?」
「あ、はい。店長からのセクハラが酷くて」
「あら……ごめんね、嫌なこと聞いちゃったね」
「いえ、大丈夫です!悔しかったのでパンチしてやりましたから!結局それが原因で実質クビになりまして……次のバイト探さなくちゃいけなくなって……えへへ」
(えぇ……!?……強い子だなぁ……)
九条は驚いた。こんなに強い女子高生がいるとは思っても見なかった。それと同時に、自身の価値観を恥じた。子供だからと侮ってはいけない。しっかり自分の意見を持っているし、行動力もあるのだ。守られてばかりではない。けど、それ故に危うさが増してしまうのが、この年齢層なのではないか?と九条は思った。
佇まいを直して、九条は言った。
「……うちは、お酒を扱います」
「……はい」
「気を配ってはいるけど、悪酔いするしたり、面倒な客に当たってしまうこともあると思います」
「はい」
「もし、そんな奴に出会ってしまったら、自分でなんとかしようとしなくていい。すぐ逃げて、店長かオレに声をかけてください。パンチとかは絶対にしないでください。店長ならどんな客でも相手できるから、そんなお客すぐ出禁になるよ。あ、店長ね、顔はちょっと怖いけど、優しい人だから、安心して」
「……!はいっ!」
「……うん、じゃあ、採用で」
「! ありがとうございます!あっ、そうだ!すみません!」
「うん?」
「園長先生が合否を気にしてて……電話してもいいですか?」
「ああ、もちろん!どうぞ!」
「ありがとうございます!じゃあちょっと……。……あ、園長先生?受かったよ!それでね……」
「……メニュー直してていい?」
「んー……今から紹介するからだめ」
「えー……見たくないんだよなぁ……」
「? 何を……」
「終わりました!ありがとうございました!」
「はーい。初出勤日は店長と決めて追々連絡するね。最後に何か質問とかあるかな?」
「えっと……。……お仕事と関係ないことで申し訳ないんですけど……瀬川先輩、にお聞きしたいことがあって」
「……おれ?」
悠木は少し黙ってから、瀬川の瞳をじっと見つめた。
「……今、あたし、頭の中に好きな食べ物思い浮かべてます。分かりますか?」
「えーと、悠木さん……?質問ってそういうことじゃ……」
「……」
「え、凪?凪さーん……?」
九条が困惑しながら、隣を見てみると、瀬川もまた悠木の瞳を見つめていた。九条が口を挟む間もなく問いかけへ返答があった。
「チョコパフェ」
「あっ!当たりです!先輩はハンバーグ好きですよね!」
「うん」
「……え?」
九条はぽかんと口を開けた。まさか、そんな。
パアッと目を輝かせた悠木は続けた。
「じゃあじゃあ!好きな教科当てて貰っていいですか?」
「体育。へえ、化学苦手なんだ。おれとは真逆」
「そうですー!あたしには難しくってー」
「……誕生日一緒か。月末ってなんか嫌じゃない?」
「ねー、あれってなんでですかねー?」
「え?えっ?」
悠木だけでなく瀬川もまた彼女のことを分かっている。それだけではなく、基本、他人と一線置いている言動をするあの瀬川が完全に警戒を解いた話し方をしている。先程、共に驚いた様子を見ると、本当に初対面であるのは確実だった。事前に口裏合わせをしたやりとりとも思えない。
(さっき、凪が見たくないって言ってたのはそういうこと!?だけど、見たくないって……この子一体……?)
九条から疑いの眼で見られているのを気付いた悠木は最後に、と真面目な顔をした。九条がごくり、と生唾を飲んだあと、とんでもない質問を瀬川へ投げかけた。
「あたしの今日の下着の色分かりますか?」
「ちょっ!?悠木さんっ!?」
「赤」
「凪っ!?」
「わー!正解!」
「ひえ、ひえぇ……!?」
「? 何してんの淳」
「わ……!九条さん!?大丈夫ですか!?」
ソファからずり落ちていく九条は心の中で強く思った。
(てっちゃん早く帰ってきて!淳ちゃんの心は折れそうよ!)

