(アポは取ったものの……)
とある日、日吉は“デカい怖い人”という人物に会いに、再びGerberaに来ていた。
詳しい話は数日前に遡る──。
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『日吉先生ー、今お時間ありますー?』
その日、小テストの採点作業に追われていた日吉の下へ、春川がやってきた。
(見て分からんかね!?)
内心、火山を噴火させながら、日吉は「なんでしょう?」と春川へ笑いかけた。愛用の万年筆は、拳の力が入る前に避難させ、代わりに白衣の中で好きなだけ拳へ力を込めた。
春川はあたりをキョロキョロ見渡してから、日吉へ耳打ちした。
『あのですね、これを渡し忘れてたことを思い出しまして』
『え?……名刺?』
『はい。あの店の店長のです。デカくて怖いんですよー!』
『へえ……?』
手渡してきた名刺には、Gerberaの店長の名前、電話番号が書かれていた。
瀬川のことを見放しているくせに、アルバイト先の情報は律義に残していたらしい。それが、自分用ではなくて、日吉のような次期担任用であろうことを考えると、ますます怒りが湧いてきた。日吉は、勢いで名刺を破らないようにデスクの引き出しにしまっておく。
『で、日吉先生はあの後、店長に会いました?』
『あの後?』
『ほら、僕たち、あの店で会ったでしょ?“あの後”ですよ!』
『あー……』
日吉は頭の中にある記憶を辿ってみるも、飲みに飲んだあの日のことだ。鮮明には浮かんでこない。
(あの時のこと、怒られてたら流石に覚えてるはずだよな。……えっ、だとしたら恥ず……!大人のやることか!?)
日吉は、頭をかきむしりたくなる衝動にかられた。平静を装いながら「覚えてないです」と答えれば、春川はなぜだかホッとした表情を浮かべた。
『会ってないならいいんですよ〜!よかった、バレてない……』
『え?』
『いえ!なんでも!あっ、名刺のことなんですけど……』
春川曰く、去年、瀬川が学校に来なくなってから、バイト先には行っているらしいことをどこからか聞き、電話で店長のアポを取り、勇み足で会いに行ったそうだ。
ところが、予想以上にガタイがよく、春川よりも遥かに身長も高かったため、ビビってしまったらしい。
何とか話にこぎつけたものの、相手側は全て学校側がどうにかしてくれ!との一点張りで、協力する姿勢はなかったそうだ。アルバイト先と協力関係にあれば事が済むスピードは早いだろう。けれど、本来なら、家庭と学校のみで対応しなくてはならない。アルバイト先が拒否するのはおかしくもなんともない、と日吉は思う。
『全く!困ったもんですよね!』
『あー……はい、ええ、ええ』
最近気が付いたことがある。
春川の話にはとにかく肯定しておくこと。そうすると、簡単に情報を話してくれる。それに、気を良くすることもできるため、自分の好感度も上がるのだ。良い上げ方ではないが、喧嘩するよりマシだろう。
だが、日吉も仕事が溜まっている。次々話題を振ってくる春川を制し、言った。
『あ、すみません、アポだけ先に取らせてもらってもいいですか?続きは喫煙所で聞かせていただきたいなぁと』
『ああ!そうですよね!自分から渡しておいてすみませーん!』
『いいえー』
『じゃあ……また16時辺りに〜!』
『はーい』
ニコニコ顔を崩さずにいると、春川はスキップをしながら去っていく。比喩表現ではなく、していた。
ここでアポが取れないと、この先に進めない気がする。日吉は採点を諦めて、スマートフォンを取った。
場所を自らの教科準備室に移し、アポ取りの準備をしていく。闇雲に電話をかけても仕方がないことは、過去の経験から繋がらない時間帯にかけまくっても意味がない。まず、店の名前を検索ホームに入力し、ホームページを探した。
(あったあった!えーと……店は営業時間外だけど……。おっ、ラッキー。「お電話でのお問い合わせは営業時間外に」。ほんで……うん、名刺の電話番号と同じだ。よし、行くぞ!)
日吉は、ホームページに記載されていた電話番号のリンクをタップし、すぐに発信を始めた。
数回コール音が続いたが、その後保留音に変わってしまい、そのまま数分待った。
(……そうだ、仕込みとかあるか!ラーメン屋でバイトしてたときもこの時間ってネギ切って……)
ちら、と腕時計を見ると、なんと15時半を過ぎていた。思わず「えっ!」と声が出る。先程まで14時過ぎだと記憶していたが、気のせいだったのだろうか。それとも、春川の話が無駄に長かったのだろうか。後者であってほしいと日吉は強く願った。自分のせいではないと。
そんなことを考えていると、プツッと回線が交じる音がした。
《……もしもし》
『あ、もしもし。兼村さん……のお電話でお間違えないでしょうか?』
《はい、そうですが》
『急なお電話申し訳ありません。私、彩都学院で瀬川君の担任をしております日吉と申します』
《……どういったご用件で?》
『前年の担任、春川から諸々引き継ぎまして。改めてお話伺えないかと』
《……もし、今年も同じようなことになるのなら、話す価値はないと思いますが》
(お、そう来たか)
彩都と春川の名前を出してから、相手先──兼村の声色が変わった。冷静で落ち着いた声だと思っていたが、急にドスの利いた声になった。聞く人間によっては脅されているように聞こえるかもしれない。特に、春川とか。
全く動じない日吉は、少し声を潜めて話した。
『同じようにはさせません。私には、去年の話が信じられませんので』
《……!》
『情報収集はしますが、最終判断の材料は、自分で見聞きしたことだけです。兼村さん、私とお話して下さいませんか?』
《……》
『私は、瀬川君に学校へ戻ってきてほしいんです』
《……。平日でも構わないでしょうか?》
『……!はい!兼村さんのご都合の良い日、お時間で!』
《では──》
お互い、都合のいい日時を擦り合わせて、無事アポを取ることができた。
「よし、まず一歩!」
静かにガッツポーズを決めようとした日吉だったが、スマートフォンへ春川からのメッセージがやってきて、体がガクリと折れた。
《日吉先生〜!そろそろ16時ですよ〜!先行ってますね〜!》
『はーい!』
今度こそしっかりガッツポーズを決めた日吉は、ちょっと遠回りしてから、春川と合流することにしたのだった。
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という前置きがあって、本日、兼村と話し合う。
日吉は深呼吸を一つしてから、目の前のインターホンを鳴らした。すぐに返答があって、名乗り出ると、しばらくして扉が開いた。
(あー、なるほどね)
日吉は心のなかで独り言つ。
聞いていた通り“デカい怖い人”が現れたからだ。
「兼村です。今日はよろしく」
「彩都学院の日吉です。よろしくお願いします」
兼村の背丈は日吉より少し高く、切れ長の目は鋭い。そしてなによりガタイが良かった。短めに切られた髪の毛がよく似合っている。日吉もそこそこ恵まれた体格をしているが、兼村の腕の太さは、到底真似できる太さではなかった。ワイシャツの布の余裕がほとんど無い。殴られたら脳震盪でも起こしそうな風体、というのが、日吉が抱いた初対面の印象だった。
日吉は、浅川高校だったり、そのまた過去だったりで兼村と同じような体格の人間を、見てきているため、さして怖がらなかったが、勝てるかと言われると、微妙なところである。野次馬には負ける側に賭けさせると思う。
兼村に促されて、一緒に裏口からバックヤードへと入った。客席と同じくシックな造りしていて、粗雑にはせず、しっかり整理整頓されている。床も壁もピカピカに磨かれていて、清潔感もある。
(……お!シャワーとランドリー室だって。すげーな)
ふと上を見ると、案内板に「更衣室 シャワー・ランドリー室→」という表記がされていた。
春川から解放されたあと、日吉は情報収集に勤しんだ。もう一度ホームページを見ていたとき、採用情報に記載されていた「賄い付き」との文字によだれが出たのを思い出した。それに、高時給、髪色・髪型自由、シャワー室もあり、洗濯まで出来るアルバイト先なんて、滅多に出会えないだろう。
「もう着きますから」
「分かりました」
更衣室を通り過ぎて、突き当たりを左に曲がり、一番奥の部屋に招かれた。
「ここが事務所です。ソファへどうぞ」
「……失礼します」
日吉は、言われた通りソファへと腰を下ろす。
事務所には、テレビ、ソファ、デスクがある。どの家具も重量感があり、どっしりとした構えだ。まるで兼村のようだと日吉は思った。
「コーヒーでいいですか」
「あ、お構いなく」
「ミルクとガムシロップはお好きな数を」
「あ、いや、本当に……!」
「お客様にはしっかりおもてなしを、というのが家訓なので。……どうぞ」
「わあ……!」
しばらくすると、コーヒーと茶請けが出てきた。
茶請けは、小さなマカロンとクッキーだった。それもたくさん。いたせりつくせりの状況に、日吉はぺこぺこした。 出されたものを残すわけにはいかないので、いただきます、と手を合わせてまずコーヒーを口に含んだ。美味しい。ちら、と兼村を見ると彼もコーヒーを啜っていた。
「さて……」
やっと緊張がほぐれてきて、マカロンを取ろうとしていた日吉だったが、手が止まる。かちゃ、とソーサーとカップの擦れる音がやけに大きく聞こえた。
「そろそろ、始めましょうか」
「……。はい、改めてよろしくお願いします」
日吉はしゃんと背を伸ばし、しっかりと兼村を見据えた──。

