今日は夕方までカフェのバイト。
通学する時と同じ電車に揺られながら、芹山駅へ向かう。
(昨日、全然眠れなかったな……)
僕がこの店で働き始めて、もう一年以上になる。
専門学校に通い始めた頃、学校帰りに働ける場所を探していて見つけた店だった。
駅近くのカフェ『ロゼッタ』。
ちなみに芹山には、同じ名前のフラワーショップもある。
系列店かと思ったこともあるが、まったくの無関係らしい。
昨日なんて、あの子を探してそっちの『ロゼッタ』まで行ったばかりだ。
本当に紛らわしい。
それはともかく。
ここのマスターが、とにかく強烈なのだ。
☆
バイトを探していた、ある日のこと。
店先に貼られた『アルバイト急募!』の文字を、何の気なしに眺めていた。
それが運の尽きだった。
「あ~らぁ! いらっしゃ~い!」
「え?」
今日は定休日のはずなのに。
「ジェームズ! 喜びなさい、新入りよ~!」
突然現れたのは、長身で派手な人物。
赤い髪。
舞台女優ばりのメイク。
ショートパンツに網タイツ。
そして真っ赤なハイヒール。
見た目だけでも十分な破壊力なのに、さらに力まで強かった。
「ちょ、待ってくださ――」
腕を掴まれ、そのまま店内へ連行される。
「まあ~、姐さん。可愛い子捕まえたわねェ!」
奥から現れたのは、茶髪の短髪に筋肉質な体格の男性。
顔だけ見ればかなりの強面なのに、口調だけは妙に艶やかだ。
(……帰りたい)
「でしょお? 店先で張り紙にくっついてたから、とっ捕まえたのよぉ」
僕を昆虫みたいに言わないでほしい。とまる花を間違えただけだ。
「あの、僕そろそろ……」
「さあ、面接するわよ」
「いや、履歴書ありませんけど」
「今度持ってきて」
「いや、それ普通にダメでしょう」
「あら。口答えするのね、この子」
筋肉質な方――ジェームズさんが、僕を睨む。
「ここをただのカフェだと思ったら大間違いよ」
「まあ……それは見ればわかります」
咄嗟に本音が出た。
「ホホホ! いいじゃない。ますます気に入ったわ」
「姐さん、採用?」
「採用」
「嫌です」
即答した。
「よろしくね、新入りちゃん。アタシ、この店のマスターのロゼよ」
全然聞いていない。
「さあ、アンタも名乗りなさい」
「神城エディです……」
ロゼもジェームズも、どう考えても本名には聞こえない。
僕だけ本名を名乗らされるのは、どうにも不公平な気がする。
「あの、もう帰っていいですか?」
僕が扉へ向かうと――。
「……エディ?」
突然、ロゼさんの声色が変わった。
「え?」
「あなた……本当にエディなのね?」
さっきまでの勢いが嘘みたいに、目を潤ませている。
「そうですけど……」
「まあ……こんなに大きくなって」
「いや、僕はあなたを知らないんですけど」
「そんなはずないわ!」
ロゼさんは叫んだ。
「アタシ、あなたが入院してた時の担当ナースだったじゃない!」
「……はい?」
入院。
その言葉で、一つだけ思い当たる。
「僕が子どもの頃……心臓の病気で入院してた時?」
「そうよ!」
でも。
記憶にない。
こんなに強烈な人なら、普通は忘れないと思う。
「あなた、まだ小さかったもの。でもアタシは覚えてるわ。とっても素直で可愛かったんだから」
「そうですか……」
やっぱり覚えていない。
するとロゼさんは、胸を張った。
「アタシの本名は――高科源氏よ」
「……」
高科。
その名前には、覚えがあった。
でも。
僕の記憶にある高科源氏さんは――。
短い髪に白衣姿。
爽やかな男性看護師だった。
「え…………源氏、さん?」
「そうよぉぉぉ!」
改めて、上から下まで見る。
赤い髪。
派手なメイク。
ショートパンツ。
網タイツ。
ハイヒール。
「…………は?」
何が、どうして、こうなった?
「いや……変わりすぎでしょう」
「何よ、その反応!」
「さすがにこれは気づけませんって」
「失礼ね! 綺麗になったと言いなさい!」
「そういう問題じゃなくて」
本来なら感動の再会になるところなのだろう。
なのに。
まったく感動できない。
「姐さん、昔は爽やかな男前だったらしいのよォ」
ジェームズさんが横から口を挟む。
「今じゃ見る影もないけど」
「ちょっとジェームズ!」
二人が言い合いを始めた。
(……今なら逃げられるかも)
そっと扉へ手を伸ばす。
「あ、そうそう。エディ」
秒で気づかれた。
「明日のこの時間から来てね」
「いや、働くとはまだ――」
「楽しみだわぁ。あの可愛かったエディと一緒に働けるなんて!」
逃亡失敗。
まあ。
時給は悪くない。
今から別の店を探すのも面倒だ。
(……ブラックだったら辞めればいいか)
そんなこんなで。
僕は『ロゼッタ』で働くことになった。
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